2015年7月27日以前の記事
検索
インタビュー

日立が狙うフィジカルAI「20兆円市場」 Google Cloudとの連携で描く勝ち筋

日立製作所が、「フィジカルAI」を成長戦略の柱に据えようとしている。AI研究の蓄積を武器に「世界トップのフィジカルAIの使い手を目指す」方針だ。日立の戦略を追った。

Share
Tweet
LINE
Hatena
-

 日立製作所が、物理空間の機器やデータをAIモデルとつなぐ「フィジカルAI」を、成長戦略の柱に据えようとしている。フィジカルAI市場は2023年の471億ドルから2030年には1247億ドル(約20兆円)へと拡大する見通しだ。生成AIに続く「次の成長領域」として注目を集めている。

 日立は「OT(制御、運用技術)×IT×プロダクト」の全領域を一社で持つ強みと、AI研究の蓄積を武器に「世界トップのフィジカルAIの使い手を目指す」方針だ。その実現に向けたAIソリューション群であるHMAX(エイチマックス)は、鉄道領域で列車走行データと環境条件を統合し、エネルギー消費15%減、遅延20%減、保守コスト15%減を実現した。

 同社はドイツのデータ・AIサービス企業synvertを買収。さらに米NVIDIAとのパートナリングによるAI Factoryなどで開発・展開体制を強化し、HMAXをエネルギー、製造・産業、金融、公共へと適用を拡大した。Google CloudやOpenAIといったパートナーとAIエコシステムを構築することにより、現在は50件の受注件数を、2027年度に1000件、2030年度には2万件へと引き上げる計画だ。

 日立はフィジカルAIで、世の中をどのように変えようとしているのか。細矢良智常務(AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットCEO)や、提携先のグーグル・クラウド・ジャパンの小池裕幸上級執行役員(カスタマーエンジニアリング担当)らが話した。


日立製作所の細矢良智常務(AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットCEO)

フィジカルAI市場は20兆円に 日立の戦略は?

 日立は「One Hitachi」を掲げ、グローバルグループ横断でAIを活用する体制を整えている。特に物理的な動作を制御する「フィジカルAI」に注力しており、細矢常務は「フィジカルAIの時代が始まった今だからこそ、日立にしかできないことがある」と強調した。

 日立が強みとするのは、任務遂行に必要不可欠(ミッションクリティカル)な社会インフラ領域での経験値だ。細矢常務は「ミッションクリティカルは極めて重要で、誤りや停止が許されない世界。高い可用性、信頼性、耐障害性が要求される」と説明する。

 官公庁や自治体向けシステム領域で働いてきた自身の経験から、「日立の最大の強みは、厳しい社会インフラをITとOTの両面で支えてきた経験値と深いドメインナレッジ(専門領域における長年の知見)にある」と話す。

 市場環境も日立の戦略を後押しする。2022年のChatGPT登場以降、生成AI市場はユーザー数8億人に達し、自律的に目標設定や意思決定をする「エージェンティックAI」が業務に組み込まれた。一方OT領域では、フィジカルAIが、現実世界の製品やデータをAIモデルとつなぐ起爆剤として注目されている。細矢常務は「フィジカルAI市場は2030年度までに約10倍成長し、1247億ドル(約20兆円)の市場に急拡大する」との予測を示す。

AIを「OT×IT×プロダクト」と一体運用 

 こうした状況下で、日立はOT×IT×プロダクトの領域を、一社でまかなえる強みを持つ。AI研究に関しては制御運用の最適化や画像・言語処理など、現在のAIユースケースにつながる技術を積み重ねてきた。細矢常務は「それぞれの領域で培ってきた取り組みがドメインナレッジとなり、それを進化したフィジカルAI、エージェンティックAIとつなげることで、これまでにない力を発揮する」と語る。

 この戦略を体現するのが「Lumada 3.0」だ。日立は2016年から展開してきたデジタルソリューション「Lumada」を、ドメインナレッジとAIで進化させる。「Lumada 3.0によってミッションクリティカルな社会インフラ革新に挑戦する」と細矢常務は意気込む。

 Lumada 3.0を具現化するソリューションとして、日立は2024年9月にHMAXを立ち上げた。まずモビリティ分野の鉄道領域でスタート。細矢常務は「列車にセンサーをつけ、走行データを収集し、天候や部品の摩耗条件・状態を組み合わせて最適な部品交換、保守要員の手配を実現している」と説明する。これによりエネルギー消費量15%減、列車遅延20%減、保守コスト15%減という具体的な成果を上げ、保守要員の働き方改革にもつなげる狙いだ。

 HMAXは、すでに他分野へ展開している。エネルギー分野では、樹木の成長により送電線が切断され、停電が起こるリスクを回避するニーズに応え、樹木の成長を管理する「植生マネージャー」をデジタルサービスとして提供する。細矢常務は「天候、衛星データ、AI、API、アーキテクチャを共同利用することで、このビジネスモデルを実現している」と話す。

 日立の戦略で特徴的なのが、まず社内での実践を徹底するアプローチ「カスタマーゼロ」だ。デジタルシステム&サービスセクターが中心となり、モビリティ、エネルギー、製造・産業分野の幅広いフィールドで、自社で徹底的にAIを活用している。細矢常務は「自らデジタルセントリック企業へ変革している」と強調。社内変革の実績を顧客やパートナーと共有し、協力関係を構築する戦略だ。「日立は世界トップのフィジカルAIの使い手を目指す」と明確な目標を掲げる。


プレスリリースより

全社で200種のAIエージェント稼働

 この日立のフィジカルAI事業を実行面で統括するのが、AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットの黒川亮事業主管だ。黒川氏はかつてIBMに所属し、保険数理や市場リスク計算といった分野で、早期からGPU(画像処理半導体)やAIモデルに接してきた。Amazonでは生成AI事業の開発を担い、事業計画からステークホルダー対応に加え、「加速度的な機能追加に対応してきた」と話す。

 日立グループでは現在、200種以上のAIエージェントが経営層、バックオフィス、フロントラインワーカー、エンジニアの現場で実稼働している。黒川氏は「(200種の)『種』とは種類のことで、AIエージェントを使うユーザー数がこれに掛け算される」と説明し、実際の利用規模はさらに大きいことを強調した。

 AIエージェント市場全体も、爆発的に成長している。AIモデル登録サイトのHugging Faceでは、2022年に200〜300だったモデル登録数が2024年には2万〜3万に増えたという。黒川氏は「2025年は、数え方によっては100万まで伸びた。まさにカンブリア爆発と言える状況」と語る。

 日立は2025年3月、エージェント開発・運用サービスの外販を開始。製造業や金融機関の顧客に対し、スタートアップやSaaSと連携したエージェントの作り込みを提供している。爆発的に増えるAIエージェントにおいて、ハイパースケーラーとの協働は「立ち上がりフェーズでも、エージェント管理でも必須」と黒川氏は強調した。


日立製作所 AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットの黒川亮事業主管

Google Cloudと連携 AI運用を一元統制

 日立が、戦略的に提携したのがGoogle Cloudだ。Googleの大規模言語モデル「Gemini」を主に活用。Geminiは複数の種類のデータを同時に処理できるモデルで、グーグル・クラウド・ジャパンの小池上級執行役員は「画像や言語を一緒に学習したモデルを使っており、非常に使いやすい」と話す。

 現場では人間が目で見て判断することが多いため、「いかにしてデジタルに置き換え、AIに理解させてエージェント化するかがポイント」だという。

 日立パワーソリューションズでは、保守作業前後の画像比較による原状復帰の合否判定を試行している。小池上級執行役員は「Geminiが作業内容の合格・不合格を判定してフィードバックすることで、現場作業員の作業ミス削減や生産性向上に貢献できる」と説明する。

 このエージェントは「Gemini Enterprise」のノーコード・ローコード機能で作成されたものだ。「現在は静止画だが、今後はカメラで動画を撮影しながら作業指示や作業報告をリアルタイムで実行する形への進化が可能」(小池上級執行役員)だという。

 小池上級執行役員は「日立は車両、エネルギー、製造、ヘルスケアといったフロントラインから、エグゼクティブやバックオフィスまで、さまざまなドメインでのナレッジがある」と話す。

 その上で「Google Cloudは、AI技術の基盤から応用まで一貫して提供できる唯一の企業。日立は幅広い事業領域を持っており、それぞれの現場のニーズに応じて必要な技術層を選んでAIを適用できる」と強調する。

 Google Cloudが基礎技術パートナーとして、日立のドメインナレッジや人材、OT技術を支援していく姿勢を示した。


グーグル・クラウド・ジャパンの小池裕幸上級執行役員(カスタマーエンジニアリング担当)

日立が目指す「AIエージェトとフィジカルAIの両立」

 フィジカルAIとAIエージェント時代の到来を見据え、日立の米国子会社GlobalLogicは2025年9月、synvertの買収を発表した。GlobalLogicのスリニ・シャンカールCEOは「記憶に深いマイルストーン」と位置付け、HMAXの展開加速につなげる考えを示した。

 synvertは、AIを活用した事業設計、基盤技術の開発力、データ分析の専門性を持つ。シャンカールCEOは「技術開発で成果を出すには、製品だけでなく、知見と柔軟な協力体制が必要だ」と強調する。同社はエージェンティックAIと、フィジカルAIの両分野に精通している。

 シャンカールCEOは「企業がAI活用に取り組む際、データ基盤が何よりも重要。AIの学習や運用のために膨大なデータの収集と処理が必要になるからだ」と指摘した。今回の買収によって「新しい能力を日立グループに追加するだけにとどまらず、HMAXをさまざまな顧客や事業領域に広げるスピードも上げられる」と強調する。

 GlobalLogicが特に注力するのが、システムの自律的な運用だ。synvertの技術により、システムが自動的にトラブルを検知して対処したり、AIが状況を判断して最適な行動を選択したり、工場や発電所などの現場設備とAIを連携させたりできるようになるという。

 シャンカールCEOは「複数の作業を調整したり、状況から最適解を導き出したりして、業務を自律的に処理するエージェンティックAI、そしてセンサーを使って現場の状況をリアルタイムで把握し、ロボットや設備が自律的に動作するフィジカルAIが今後は重要になる」と強調する。

 日立はOT×IT×プロダクトの強みを生かし、世界トップの使い手として、フィジカルAIにおける20兆円市場の覇権を握ろうとしている。デジタルと物理をつなぐフィジカルAIが、社会インフラの変革を加速し、現実世界を動かす時代が始まりそうだ。


GlobalLogicのスリニ・シャンカールCEO

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る