日立「モノづくり実習」に潜入! 新人データサイエンティストの製造現場「奮闘記」:後編【現場編】(1/2 ページ)
日立製作所が2021年から展開している新人研修プログラム「モノづくり実習」。実際に実習に参加した新進気鋭のデータサイエンティスト2人に聞いた。
日立製作所が2021年から展開している新人研修プログラム「モノづくり実習」。新卒入社1年目のデータサイエンティストを対象に、同社の製造現場の課題解決に取り組む研修だ。
実習では3カ月間の現場配属を通じ、データ収集から分析、モデル構築までを一貫して担う。この研修は、現場作業員からのヒアリングによる課題発見に始まり、データの標準化と分析をし、現場の実態に即した課題解決方法を提案する。これにより、製造現場のDXが進んだ例もあるという。
モノづくり実習で、新人データサイエンティストと製造現場にそれぞれどんな相乗効果が生まれているのか。実際に実習に参加した新進気鋭のデータサイエンティスト2人に密着した。その先には、日本の製造業の未来を見通すヒントがあった。
前編【人事編】日立流・データサイエンティスト育成法 工場に派遣、“泥臭い”研修の手応えは?に引き続き、お届けする。
“超優秀”データサイエンティスト、現場で奮闘 「停滞問題」に焦点
日立では、採用したデータサイエンティストの多くを、日立製作所のData Studioに配属している。OJTを通じて、学生で学んできたデータサイエンティストの知識を、実際の現場で生かせるような育成プログラムを設けていて、そのうちの3カ月間をモノづくり実習として、全国の日立グループの工場現場に派遣している。
石井雄大さんは、2024年4月に日立製作所に入社した入社1年目(取材時点)のデータサイエンティストだ。同期は大学院修士課程修了が多い中、石井さんは学部卒という経歴。学生時代の活躍はめざましく、4年間で国際学会3件、国内学会3件、共著論文2件という実績を残している。
学外活動でもハッカソン(IT技術者がチームを組んで、一定期間内にソフトウェアやサービスを開発し、成果を競うイベント)でアプリケーション開発を計18回行い、うち11回で受賞をしている。非常に優れた技術力をかわれた逸材だ。
データサイエンティスト人材をまとめるデジタル事業開発統括本部Data&Design Data Studioの徳永和朗担当部長も、「学生時代から担当教授などを通じ、その活躍ぶりを聞いていました。本人にモノづくりへの高い意欲があったことから、大学院には進学せず日立に入社することになりました」と太鼓判を押す。
石井さんの実習先は日立インダストリアルプロダクツの土浦事業所で、茨城県土浦市にある工場だ。同社は電機システム事業と機械システム事業における製品の開発、生産、販売、サービスを手掛けている。土浦事業所では、ポンプ、ファン、ブロワ、圧縮機、物流・搬送システムなどの製品のうち、主に受注生産のものを製造している。
石井さんは、大学でデータサイエンスを専攻。メディアを変換して表現することによって新しい価値を生み出す「メディアトランスフォーメーション」という技術を主に研究していた。その研究では、小説などの文字情報を地図や画像といった別の形式に変換することで、新たな価値を生み出す可能性を探求していたという。
「大学ではアプリ開発をする機会が多かったのですが、その成果物が授業評価だけで止まってしまい、その先の社会実装につながっていかないもどかしさを感じていました。そこで大学院には進まず、企業に入ることでAIなどの研究内容を、人々の実生活に生かしたいと思いました。中でも顧客第一で、技術で世の中を良くしていく日立の理念に共感し、入社を決めました」(石井さん)
日立ならではのデータサイエンティスト像とは
入社後、石井さんはデータ分析や生成AIモデルの構築、DX推進などの業務に携わりながら、新人研修を経て、2024年7月から本配属となった。そして2025年1月からモノづくり実習が始まり、土浦事業所の製造現場に足を踏み入れる。この研修で石井さんは、工場内で発生する「停滞問題」に焦点を当て、その原因究明と改善策を提案するという課題に取り組んだ。
停滞問題とは、受注生産の工程で製造したパーツ類のうち、次の作業工程に進むべきはずが工場内に残置され、停滞してしまう問題を指す。発生原因の一つに、工程を管理する方法が紙であり、共有しづらい問題があるという。
着任して石井さんがまず取り組んだのは、現場の人々へのヒアリングだった。石井さんは各回3人ずつ、計4回にわたり、合計12人の現場作業者と2時間ずつ話し合いを重ねた。ヒアリングでは、現在の業務内容や抱えている課題、将来的な理想像について現場の声を聞き取ることに注力したという。その結果、部品供給が遅れることで作業が停滞していたり、特定の機械設備を操作できる人材が不足していたりといった原因が浮かび上がった。
実は、この段階でモノづくり研修が求める当初の水準は突破していたという。モノづくり研修で石井さんを担当する、同社機械システム事業部 設計製造改革推進部の山口陽平主任技師は、「当初3カ月間で原因究明までと考えていたところが、石井さんはそこに早くたどり着いてしまったんです。そこで、きちんと課題を明確にし、われわれに『こういったことをしたほうがいい』という提案までお願いすることにしました」と振り返る。
そこで石井さんは、データ分析と現場視察を並行して行い、データ、現場観察、作業者の声の3つの観点から問題解決に取り組んだ。一方で、提案まで行うことで困難もあったという。まず、現場作業者とのコミュニケーションや信頼関係構築に時間と努力が必要だった。また、例えばタブレットによる工程管理の電子化など、新しいシステムや改善案を提案する際には現場の抵抗感もあり、「これまで通りで良い」という保守的な意見も少なくなかったという。
「大学時代はデータ分析を抽象的な理論や数値として捉えることが多かったのですが、現場で働く方々と直接対話し、その環境を見たことで、データが持つリアルな意味を理解できました。さらに、現場との密接な関わりを通じて、自分自身がデータサイエンティストとして社会にどう貢献できるかという視点も広がったと感じています」(石井さん)
モノづくり実習を通じ、どんなデータサイエンティストになりたいと思ったのか。石井さんは、「日立の強みである『OT(物理的なシステムや設備を最適に動かすための制御・運用技術)×IT×プロダクト』を最大限に活用し、顧客の課題解決に貢献するデータサイエンティストになりたい」と話す。これこそが、日立が理想とするデータサイエンティスト像だといえるだろう。
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