退職は“裏切り”か? 自治体は「辞める職員を育てよ」AI時代の人材戦略(3/3 ページ)
自治体職員の離職が相次ぐ中「辞めないための人材育成」を見直す時期に来ている。AI時代にあえて「離職前提」で職員を育て、地域に人材を送り出す――そんな逆転の発想を考える。
「給与をもらいながら学ぶ」自治体の可能性と課題
自治体を人材育成機関として振り切ったとき、いくつか期待できることがあります。
第1に、大学に進学しなくても、社会人としての基礎を身に付ける道が開かれます。馬田さんが指摘しているように、大学教育の投資対効果(ROI)は年々低下しています。リクルートワークス研究所によれば、大学進学による所得向上で進学コストを回収する期間は、専門的・技術的職業従事者の場合、2020年の7.9年から2025年には15.0年へ延びています。4年間の逸失所得や学費を負担した末に、卒業しても希望通りの仕事に就けるとは限らない現状を踏まえると、若いうちから公務員として採用され、給与を得ながら基礎スキルや現場での専門性を学ぶ道は、まさに従来と逆転したROIの構造を持ちます。
学生は学費を払って学びますが、公務員は給与を得ながら成長するのです。自治体が「実務付き社会人スキル保証機関」として機能することは、大学に代わる選択肢となり得るでしょう。
第2に、エリート過剰生産の緩和です。馬田さんは、数理生態学・歴史学者ピーター・ターチンが提唱した構造人口学理論を紹介しつつ、AIが良い仕事のポストを減らし、キャリアのはしごを細らせ、大学ROIを低下させれば「エリート過剰」が加速すると指摘しています。
若いうちから自治体に入る人の中には、難関大学→大手企業といった「エリートコース」を志向していない層も一定数いると考えられます。彼らに自治体で実務を積んで地域に送り出すことは「エリート志望者がポストを奪い合う構造」ではなく「実務の人材が地域を埋める構造」になります。
第3に、行政と民間の境界に人材が配置されます。自治体を卒業した人材が地域の建設会社や介護事業所、保育園に散らばれば、地域の課題解決力が底上げされます。両方の論理を知る人材がその境界面にいるということは、行政と民間の意思疎通が円滑になり、施策を現場に落とし込みやすくなる可能性があります。
第4に、外国人の社会統合機能です。前述したように、自治体が外国人に基礎スキルと現場専門性を身に付けさせる仕組みを持てば、それは地域の多文化共生の基盤にもなります。
一方で、懸念もあります。第1に、地方の受け皿です。都市部なら介護・建設・保育の民間受け皿はありますが、過疎地だと「卒業」=「地域を去る」になりかねません。せっかく育てた人材が地域の外に流出してしまうリスクがあります。ただ、これも見方を変えれば、過疎地の自治体を卒業した人材が都市部の民間企業で活躍するということ自体は、マイナスばかりではありません。彼らが将来、地域に戻ってくる可能性もゼロではない。循環のルートを設計できるかが鍵です。
第2に、教える人の確保です。自衛隊には訓練を担う専門の教官がいます。しかし自治体には、1階も2階も教える専門部署がありません。人事課が通常の人材育成を担い、デジタル部門がデジタル育成を担うという分断状態で、そもそも「1階のスキル」を教える人がいません。
離職を前提にした設計に振り切るなら、「教えること」自体を専門職として位置付ける必要がありますが、その予算と定数はどこから捻出するのか。ここは、既存の定数を再配置するのか、広域連携で複数自治体が教える人を共有するのか、あるいはAI自体を「教える側」の補助として使うのか――いくつか道はありそうですが、一朝一夕にはいきません。
期待と懸念を並べましたが、筆者が言いたいのは、現状の「辞めないことを前提にした人材育成」を続けるよりも「辞めることを前提にした本気の訓練」に切り替えたほうが、職員も組織も真剣になるのではないか、ということです。
現状は、組織も職員も「ずっと一緒にいる」ことを前提にしているため、お互いに甘えが生じます。組織は「そのうち育つだろう」と考え、職員は「そのうち教えてもらえるだろう」と待つ。結果として、育成の責任が曖昧(あいまい)になり、人材が十分に育たないのではないでしょうか。
馬田さんは記事の最後に「AIによって人口減少の影響を緩和するという恩恵を受ける面もあるが、雇用や労働、教育の再設計をしなければ、ミスマッチが増えて社会の不安定さが増す可能性がある」と書いています。
自治体も例外ではありません。AIが定型事務を圧縮し、キャリアのはしごが細り、大学のROIが悪化する時代に従来の「ポテンシャル採用+OJT」だけに頼っていては、人材育成も定着も難しくなる可能性があります。
離職を「裏切り」ではなく「卒業」と捉え直す。そのための仕組みを設計する。それは放棄ではなく、むしろ覚悟のある人材戦略だと筆者は考えています。筆者自身、専門外の話題ではありましたが、このテーマは継続して考えていければと思います。
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