「志はある。でも……」 自治体職員の意欲が育たないのはなぜ? デジタル化以前に取り組むべきこと(1/3 ページ)
人手不足、待遇格差、報われにくさ……。それでもなお「社会を変えられる仕事」と信じて行政の職に就く人たちは、日々どんな現実と向き合い、どうやってモチベーションを維持しているのか。
「若いうちはガムシャラに頑張んなさい」――ある自治体職員のこの言葉に、思わず考え込んでしまいました。果たして今、公務員という職業は“割に合う仕事”なのだろうか? 若い世代の職員はやりがいを実感できているのだろうか?
人手不足、待遇格差、報われにくさ……。それでもなお「社会を変えられる仕事」と信じて行政の職に就く人たちは、日々どんな現実と向き合い、どうやってモチベーションを維持しているのでしょうか。
自治体のCIO補佐官として、複数の自治体現場でDXを支援する筆者の視点から、制度や仕組みだけでは語れない、自治体職員の“働く意味”を探ってみたいと思います。
著者プロフィール:川口弘行(かわぐち・ひろゆき)
川口弘行合同会社代表社員。芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。博士(工学)。2009年高知県CIO補佐官に着任して以来、省庁、地方自治体のデジタル化に関わる。
2016年、佐賀県情報企画監として在任中に開発したファイル無害化システム「サニタイザー」が全国の自治体に採用され、任期満了後に事業化、約700団体で使用されている。
2023年、公共機関の調達事務を生成型AIで支援するサービス「プロキュアテック」を開始。公共機関の調達事務をデジタル、アナログの両輪でサポートしている。
現在は、全国のいくつかの自治体のCIO補佐官、アドバイザーとして活動中。総務省地域情報化アドバイザー。公式Webサイト:川口弘行合同会社、公式X:@kawaguchi_com
こんにちは。「全国の自治体が抱える潜在的な課題を解決すべく、職員が自ら動けるような環境をデジタル技術で整備していく」ことを目指している川口弘行です。
筆者が関心を持っているローカルLLM(大規模言語モデル)の分野で、興味深いニュースが流れてきました。
(関連記事:DeepSeekの破壊的な推論能力 自治体にとって“転換点”だと言えるワケ)
中国のアリババが自社のローカルLLMモデルの最新版である「Qwen3-30B-A3B-Instruct-2507」と「Qwen3-30B-A3B-Thinking-2507」をリリースしました。特徴的なのは推論型(深い思考に特化している)のモデルであるThinkingと、処理型(即時応答に特化している)のInstructのそれぞれで最新版を出してきたところです。
現在の生成AIのモデルは、場面に応じて推論型と処理型を使い分けていくことが一般的になりつつあり、Qwenもその流れの延長線上にあります。
そして、もうひとつのビッグニュースが、OpenAIがGPTのオープンモデルをリリースしたことです。
モデルサイズの大きい「gpt-oss-120b」と比較的小さな機器でも動作する「gpt-oss-20b」です。両方とも推論型のモデルですが、ChatGPTのような使い方もできそうです。実際に筆者の環境で動作させてみたところ、非常に快適に使うことができました。
QwenもGPT-OSSもApache2.0準拠のライセンスであり、商用利用も可能です。
特にGPT-OSSについては、ChatGPTの本家がオープンモデルをリリースしたことに衝撃を受けました。どのような戦略で公開に踏み切ったのかは分かりませんが、もはや生成AIの技術は次の段階に進んだ(ので、旧世代の技術は公開してもよいと判断した)のであれば、同社の今後のサービス展開がむしろ楽しみになってきました。
さて、本題に入りましょう。
前回は自治体のデジタル変革における「高度専門人材」の役割について考えてみました。「組織の中を一時的にかき回し、最終的には去ってしまうような高度専門人材」というあたりに、思わずうなずいてしまう自治体の担当者もいらっしゃったと聞いています。
(関連記事:デジタル人材を入れたのに、なぜ失敗? 自治体DXに潜む「構造的ミスマッチ」とは)
今回のテーマは「自治体職員のメンタリティやモチベーションについて」です。
このテーマについては、いろんな公務員の方からお話を伺ってきましたので、私なりに考えてみたいと思います。
公務員は「割に合う」仕事なのか?
そもそも、人手不足が顕在化した現在、公務員という職業は魅力的な仕事なのでしょうか? いや、もっとストレートに言うと、「割に合う」仕事なのでしょうか?
憲法で保証された「職業選択の自由」の世の中で、他の職業ではなく、あえて公務員を志すのですから、そこには何かの理由があるはずです。
一方、民間企業に比べて、現在の公務員の待遇が極端に良いかというと、そうでもありません。一般的な労働市場に委ねたら、魅力的には映らないはずです。
先日、公務員の方を対象としたシンポジウムの中で、登壇していた公務員の方に率直に質問してみました。「なぜ自治体職員という職業を選んだのですか?」
その方の答えは、
社会を変えることができる仕事だから
というものでした。さらにその方は、
社会変革自体は身近な範囲で個人でもやれないことはない。しかし、自治体という規模でしかできないこともある
と続けました。
ちょっとカッコつけているようにも感じましたが、この視点は筆者にはなかったので、新鮮でした。ただ、若い世代の職員がそのことを実感できているかというと、疑問です。
そもそもそのような仕事のフィールドを与えられていない、あるいはフィールドがあることに気付いていない職員の方が多いと思いますし、何よりも人事異動ローテーションの中で自分が望むフィールドに居続けることも難しいのではないでしょうか。
このテーマに関連して、会場から「若い世代の職員に対して何か激励するメッセージを」という問いかけが出たことに対し、その方のコメントは次のとおりでした。
若いうちはガムシャラに頑張んなさい。理不尽なこともあるかもしれないけど
なるほど。つまり、この方の気付きは、自らの経験により、事後的に生まれたものだと感じました。言い換えると、これに気付いたことで、自治体職員として充実した人生を送っているのでしょう。
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