「Amazonがやってくる」で一挙に燃え上がった爽涼の電子書籍市場eBook Forecast(1/2 ページ)

「電子書籍ってどこを押さえておけばいいの?」――忙しくて電子書籍市場の最新動向をチェックできない方のために最新動向を分かりやすくナビゲートする「eBook Forecast」。今回は、いよいよ国内展開を開始すると伝えられたAmazonについて、注目すべきポイントと、同社が発表した新タブレット、さらにEPUB 3の完成により大きく動き始めた国内市場の様子など、この1カ月ほどのトピックを凝縮してお届けします。

» 2011年10月24日 12時00分 公開
[前島梓,ITmedia]

Amazon、ついに「Kindle Fire」を発表

Amazonの7インチタブレット「Kindle Fire」。11月の話題を独占しそうです

 思えば5月くらいから現実味を帯びてきたAmazonのタブレット。それから毎月のようにリリースのうわさが報道されてきましたが、ついに9月28日、「Kindle Fire」として正式発表されました。このほか、第4世代のKindleも合わせて発表されています。

 Kindle Fireの概要については「Amazon、切り札は199ドルの7インチタブレット『Kindle Fire』」などをご覧いただくとよいでしょう。iSuppliによると、Kindle Fireの製造原価は209.63ドルと販売価格の199ドルを上回っています。つまり、売れば売るほど逆ざやなわけですが、競合より安く端末を販売し、長期的な売り上げを得るというのはAmazonがよく用いる戦略です。

 事前注文の初日だけで9万5000台が販売され、その後も1日5万台のペースで注文が相次いでいるとされる同端末は、AppleのiPhone 4Sの予約販売が受付開始後24時間で100万件を突破したのと比べるとかすみますが、Androidタブレットとしては過去に例のない売れ行きです。

 読書に専念するためだけにこのタブレットを購入しようとしているストイックな読書家はもちろん、Amazonが提供する電子書籍以外の娯楽――例えば音楽、映画、ゲーム――も、サービスとして提供されることに満足感を覚えるユーザーは多いはず。11月15日の発売が待たれますが、慌てて購入するのは少し待ってもよいかもしれません。

 というのは、現時点で日本への発送は行っていないということもありますが、後述するKindle Storeの国内進出に当たり、日本向けに提供される可能性もあるためです。現在Kindle Storeで電子書籍を購入している方は、Amazon.comのアカウントにひも付いていると思います。しかし、国内でKindle製品が販売開始されるとすれば、Amazon.co.jpのアカウントにひも付くことになるでしょう。端末に複数のアカウントをひも付けられるかはまだ不明なので、その辺りを見極めてから購入されることをお勧めします。

Kindleもついに日本へ、期待してよい……のか?

 つい先日、Amazonが年内に電子書籍事業参入すると日本経済新聞がスクープ気味に報じました。報じている内容はこの連載でもすでにお伝えしたものとさほど違いはないようですが、具体的に交渉中の出版社名が明かされたこともあってか、ほかのメディアもこれをソースとする記事を相次いでリリースし、市場の注目が集まりました。

 このトピックに対する市場の反応は「ついに大本命がやってきた」という感じで、これまで電子書籍にさほど注目していなかった層も巻き込んで注目を集めています。しかし、筆者にいわせると、期待が入り交じった記事だったな、というのが正直な印象です。

 各出版社などが自社作品のデータをAmazonに提供し、検証を進めているのは業界関係者ならよく知るところですが、ほとんどはまだ販売の合意に至っていないのではないかと思います。中堅出版社のPHP研究所が契約締結間近、としているのは、逆に言えば、大手はまだその段階にない、とみることもできます。もちろん、こうして記事として周知されたことで、出版社の興味は高まったでしょうから、この動きは加速するでしょうが、年内スタートとされるラインアップがどの程度になるかは推して知るべし、といったところでしょう。

 ところで、Amazonと版元との間で交渉が難航するのはなぜなのでしょう。その主たる要因は「価格決定権をAmazonと版元のどちらが持つか」にあります。Amazonは基本的に小売り側が価格を決める「ホールセールモデル」を採用していますが、版元はこれをよく思っていません。

 日本のように再販制度に守られていると、本の価格はどこで買っても一緒ですが、米国などでは、店舗によって本の値段は違いますし、古い作品だと安価に売られていたりします。スーパーに売られている野菜などと一緒で、要は需要と供給なわけです。これは電子書籍についても同様ですが、米国でKindle Storeがオープンした当初、Amazonはベストセラー作品を卸価格を下回る9.99ドルで販売することで、一気に注目を集めました。逆ざや覚悟のこの戦略は、「Amazonの電子書籍は安い」とエンドユーザーに認識させることで、Kindleの販売にもつながり、ビジネス全体で潤うことになると見越しての動きだったのですが、これは競合他社との競争力という面でも有効な戦略で、結果的にAmazonの一人勝ち状態へとつながっていきました。

 しかし、版元からすれば、Amazonに価格の決定権を握られ販売計画などが自らコントロールできなくなるのは死活問題です。ちょうどそのころ、Appleが(版元が価格を決め、そこから一定の割合を小売りが得る)エージェンシーモデルを採用したのを機に、「Amazonもエージェンシーモデルを採用すべし」という声が大手出版社を中心に上がり、現在、Amazonは一部でエージェンシーモデルを採用しています。Amazonが自ら出版レーベルを立ち上げているのも、価格決定権を握りたいからにほかなりません。

 国内でも電子書籍は再販制度の対象外ですから、同じことが起こっても不思議ではないのですが、上記のような経緯をよく理解し、エージェンシーモデルで取り組みたい国内の版元と、ホールセールモデルを主張したいAmazonとの間で駆け引きが続いているのでしょう。大手はともかく、オンライン書店としてのAmazonの販売量に依存しているような出版社も少なくないでしょうから、長期的にはどちらのモデルにするか版元ごとに異なることになるでしょう。護送船団から外れ、ホールセールモデルを選択する版元が現れるのかどうかは注目したいところです。

 米国でKindle Storeがオープンした当初のラインアップは9万点に満たない程度でした。上記のように交渉が難航していることも考えれば、国内オープン時の(国内版元の)ラインアップは2万点行けば御の字、妥当なところで1万点くらいかなというのが筆者の予想です。もっとも、個人的にはこの予想を覆してくれることに期待していますが。また、セルフパブリッシングなども加速するでしょうから、パブーなどがどのようなアクションを起こすのかにも注目しましょう。

 このほか気になるところとしては電子書籍のフォーマットをどうするかでしょうか。AmazonはこれまでKindleの電子書籍フォーマットに「MOBI」と呼ばれる独自のフォーマットを採用していましたが、ここに来て新たにHTML5とCSS3をベースとした「Kindle Format 8」を発表しています。EPUBからの変換も可能なようですが、EPUB 3でサポートされたような日本語組版関連のプロパティが見当たらないことから、これがすぐに採用されることはないでしょう。Kindle Format 8をわざわざ出したくらいなのでEPUB 3の採用も期待薄です。無難なところでPDFベースになるのでしょうか。

EPUB 3が完成、各社からEPUB 3関連の発表相次ぐ

 日本語組版を広範囲にサポートした電子書籍の国際標準フォーマット「EPUB 3」がIDPFの最終推奨仕様として10月11日に可決されたことを受け、各社からEPUB 3関連の発表が相次いでいます。

 国内では、ACCESSがEPUB 3準拠の電子書籍ビューワ「NetFront BookReader v1.0 EPUB Edition」をいち早く発表。さらに、イーストもEPUB 3に準拠したコンテンツを作成する際に役立つ「マークアップ指針」と「テンプレート文書」を公開しています。ざっと見る限り、まだまだ洗練の余地が多い指針ですが、それでも国内では数少ないEPUB 3関連の有用な情報です。製作側にいる方などは必見といってよいでしょう。この後紹介するヤフーもEPUB 3の全面採用を発表するなど、いよいよ国内でもフォーマット戦争が収束に向かいそうです。

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