「本が売れなければ図書館の未来もない」――公共図書館電子化モデルの議論電流協フォーラムリポート(2/2 ページ)

» 2013年08月05日 15時30分 公開
[鷹野 凌ITmedia]
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出版社からみた電子公共図書館への期待

 次に、インプレスホールディングス取締役の北川雅洋氏から、「出版社からみた電子公共図書館への期待」という題目のプレゼンがなされた。

 出版社の思いとしては、手がけた作品はできるだけ多くの読者へ届けたいが、出版・流通のエコシステムが制度疲労を起こしており、また、出版社も黒字経営が困難な時代において、まだ市場の小さな電子書籍は投資段階だという。

 そうした状況の中、公共図書館には公益に加え、事業的なプラスも期待したいと北川氏。普及の進んでいる米国では、76%の図書館が電子書籍を提供しており、テキサス州には紙の本を置いていない公共図書館(Biblio Tech)まで存在するそうだ。

 なお、電子図書館システムベンダーはOverDriveが9割のシェアを持つという話がよく語られるが、3MやEBSCOなど他社が残りの1割を奪い合っているわけではなく、複数のシステムを導入している図書館も多いのだという。また、OverDriveの1番のクライアントは陸・海・空軍だという。


インプレスホールディングス取締役北川雅洋氏
米国の図書館では複数のベンダーを導入しているケースが多いという

 また、American Library Association(米国図書館協会)によると、米国の電子図書館サービスにおける貸し出しモデルには以下のようなものがあるという。

  • Single User Model(1ライセンスで1度に1人だけが借りられる)
  • Limited Number Loans Model(貸し出し回数に上限が決められている)
  • Delayed Sale Model(新刊の発売から一定期間は貸し出しできない)
  • In Library Check Out Model(借りるためには来館が必要)
  • In Library Use Model(館内貸し出しのみ)
  • “Buy it now” Botton Function(貸し出しの順番を待たずに「今すぐ購入する」ボタンへ誘導)

電子書籍ビジネスの課題はディスカバラビリティ
Douglas County Libraries Report

 また、Douglas County Libraries Reportには、電子書籍の小売価格と図書館仕入価格が公開されており、図書館仕入価格の方が数倍高いという。ただその倍率はマチマチで、すべて市場相場で決定されているそうだ。

 北川氏が図書館に期待する役割は、ディスカバラビリティ(見つかりやすさ)の向上、すなわち「電子書籍と読者の出会いの場」。リアル書店には店頭の平積みなどで「思いがけない本との出会い」があるが、電子書店は画面による制限があるため難しいという。それ故、上述した貸し出しモデルの中でも特に、図書館における ”Buy it now” モデルには期待しているそうだ。

公共図書館の無料原則は見直す時期?

 次に、専修大学教授の植村八潮氏による、「出版学」としての立場からの発表が行われた。つい先日亡くなられた、出版学会設立時の中心人物である清水英夫氏が、出版学は「表現の自由」の理論とともに、「出版を産業で見ていかねばならない」と話していたことを紹介、お金が回ることで、表現の自由が確保されているというのだ。

 著者、出版社、取次、書店を経て読者に本が渡る出版流通は、すべて読者が本を購入した対価によって賄われている。それが「表現の自由を確保する唯一絶対の方法」だというのだ。本を作ったところで、最終的に読者まで届かなければ意味がなく、そういう意味では「表現の自由」は「流通の自由」でもあるという。


専修大学教授の植村八潮氏
電子書籍の流通基盤

 植村氏は、図書館の重要な役割を「国民の“知る権利”を確保すること」「誰でも情報にアクセスできる環境を用意すること」だと語る。人気作家のベストセラーが図書館へ並ばない、であったり、税金を払ってるんだからタダで本を読ませろ、といった発言は、無視してしまえばいいという。

 デジタルアーカイブを考えた場合にも、お金が回ることが非常に重要と植村氏。今後、出版社が電子書籍の点数を増やしていったときに、電子図書館サービスは有料の民間サービスになっていくのではないか? という思いがあるという。民間で有料のレンタルサービスという形の方が、恐らく普及していくであろうと主張する。

 例えば、以前は公共図書館でもビデオテープの貸し出しを行っていたが、民間(有料)のビデオレンタルサービスの方がよっぽど便利で普及しているではないかというのだ。だから、電子図書館サービスも有料の方が便利で使いやすくなっていくのではないか? と考えているそうだ。

 公共図書館には無料原則があるが、コピー機の利用は図書館内でも有料だったり、データベース契約は現行の図書館法でも有料提供が可能なのだから、電子図書館サービスも「絶対無料じゃなきゃダメ」という考え方は捨ててもいいのではないかと提案した。

いまより図書館ユーザーを増やすための制度設計

 フォーラムの後は討論へと移行。先の話を引継ぎ、民間のサービスであれば人気のエンターテイメント作品が中心でもいいが、公共図書館の「知る権利」を担保する役割からするとコンテンツの住み分けを図るべきだろうという議論になった。例えば漫画喫茶は、いわば民間の有料漫画図書館だというのだ。

国立国会図書館 Database Linker

 また、「本が売れなければ図書館の未来もない」のだから、図書館によるビジネス支援も真剣に考えていかねばならないという論点もあった。淺野氏が札幌市中央図書館でカウンター業務をやっていたときに、返却ではなく「この本を購入したい」という方がいたという。実際にそういうニーズがあるのであれば、図書館で本を販売することを真剣に検討していいかもしれない。

 なお、OverDriveの ”Buy it now” ボタンは Amazon.comへのリンクになっているが、国立国会図書館蔵書検索・申込システム(NDL-OPAC)にあるDatabase Linkerにも既にAmazon.co.jpやGoogle Book Searchへのリンクが貼られている。図書館で借りたい本が予約で数百人待ちといった事態が現実に起きている現状を考えれば、在庫数という概念のない電子書籍販売ですぐ手に入るなら、待たずに買うという人も出てくるであろう。

 質疑応答では、図書館の購入予算が年々減らされている中、紙と電子のどちらを購入すればいいか、 という現場の切実な声が多かった。仮に購入予算があったとしても、紙の本では置き場所に困ってしまうという。

 登壇者の方々は、だからこそ「安価な電子書籍によって予算軽減」という発想ではなく、場所をとらない電子コンテンツで「点数を増やす」という方向へ発想を転換すべきだ、字が大きくできる(アクセシビリティの向上)など電子だから可能な社会貢献アピールによって予算確保すべきではないかと説いた。

 植村氏は、「いま目の前にいるユーザーの声を聞きすぎている」と批判する。つまり、図書館を利用していない圧倒的多数の方々をどうやって図書館へ来てもらえるようにするかを考える上で、図書館をよく利用する「紙の本が大好き」な人にアンケートをとってもダメだというのだ。若い人はディスプレイや端末で文字を読むことに慣れているのだから、そういう方々が図書館に目を向けてくれるような、数十年後を見据えた制度設計の必要性を主張した。

 今回のフォーラムでは話題に上がらなかったが、東京国際ブックフェアの基調講演ではKADOKAWA 取締役会長の角川歴彦氏から、図書館に対する電子書籍のレンタルシステムプロジェクトが発表されており、OverDriveの日本進出の噂も含め、今後の電子図書館サービスの動向は注視しておきたいところだ。

著者プロフィール:鷹野 凌

 フリーライター。ブログ「見て歩く者」で、小説・漫画・アニメ・ゲームなどの創作物語(特にSF)、ボカロ・東方、政治・法律・経済・国際関係などの時事問題、電子書籍・SNSなどのIT関連、天文・地球物理・ロボットなどの先端科学分野などについて執筆。電子書籍『これもうきっとGoogle+ガイドブック』を自主出版で配信中。

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