公共分野におけるデータとAI活用は大きなメリットを期待できる一方で、さまざまな懸念を技術的に払しょくできるかが不明瞭なため、着手が遅れている領域の一つです。導入前に検討すべき事柄を整理し、解消する方法を考えていきます。
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データを正しく収集、管理、分析することで、企業は業務効率化やDX(デジタルトランスフォーメーション)、競争力強化につなげられきます。最近はML(機械学習)や生成AI、LLM(大規模言語モデル)の活用によって成果を上げている企業が増えています。本連載は、データ利活用によって生まれるビジネスの機会や、それを実現するための課題や要点を、具体的な事例を交えて業界別に紹介します。
AIやML(機械学習)の進歩により、革新的な成果を上げる組織が増えています。これらの技術の潜在能力を最大限に引き出すためには、組織が保有するデータの効果的な取り扱いが不可欠ですが、そこにはさまざまな課題が存在します。
前回までは金融機関におけるデータとAI活用の課題とその具体的な解決策を見てきました。今回は、政府や自治体、教育機関、警察組織などの公共領域に焦点を当てます。
2023年12月にワシントンDCで開催された「PSN Government Innovation Show」(2023 Government Innovation Show - Federal - Public Sector Network)において、Clouderaは米国連邦政府のITリーダーたちと公共部門でのAI活用について議論する機会を得ました。参加者たちは生成AIの可能性に楽観的でしたが、実際の導入には至っていませんでした。
その理由として、市民サービスの向上や業務効率化といったメリットよりも、意図せぬバイアスや誤情報、公平性や透明性、セキュリティなどへの懸念が上回っていることが挙げられます。AIソリューション構築のための人材やリソースの不足も課題になっています。各機関はAIの採用を「戦略的に重要」と考えていますが、これらの課題が導入の障壁になっているようです。
しかし、それでも公共部門における生成AIの活用には大きなメリットがあると筆者は考えます。
日本でも、例えば横須賀市が生成AIを駆使した「市長アバター」が英語で市の情報発信を開始するなど、生成AIの活用を始める自治体が登場しています。
総務省は「自治体におけるAI活用・導入ガイドブック」を発行し、日本全国でAI活用を促進するよう体制を整えています。
今回の記事では、公共部門にとって生成AIの活用には、どのようなメリットや課題があり、それをどう乗り越えるかを考えてみましょう。
公共領域におけるAI活用は、効率性の向上、安全性の確保、サービスの質の改善など、多岐にわたる利点をもたらす可能性を秘めています。幾つかの利点を紹介します。
政府や自治体の事務処理は、多様かつ大量な情報を扱うにも関わらず、規制順守の必要性から紙の書類で情報管理をしていたり、調達プロセスが複雑になっていたりして、時間や労力がかかるものになっています。
例えば、手作業による書類の管理や承認プロセスは、エラーや遅延が発生しやすく、労働力不足の状況においては大きな負担になっています。こうした問題は、情報をデジタル化し、データ基盤を整理をした上で、自然言語処理AIや自動化技術を活用することで、業務プロセスの自動化が可能になり、迅速かつ正確な処理を実現できます。
防衛および情報サービス部門におけるサイバーセキュリティの脅威に対しても、AIは大きな役割を果たします。
国家主導のサイバー攻撃やランサムウェア、フィッシング攻撃、内部犯行など、多様な脅威が考えられますが、AIはこれらの脅威に対して、パターンや異常を検出することで、既知および未知の脅威を迅速に特定できます。さらに、AIを活用してデータ管理を高度化できれば、取引事業者との安全なデータ共有も促進できるでしょう。
地方自治体や教育機関が直面する社会サービスの需要増加に対しても、AIは有効な解決策を提供します。
需要を予測してサービスをカスタマイズできれば、市民中心のサービス提供を実現しつつ、コスト削減も実現できます。教育分野においても、AIは教員の業務を効率化したり、生徒・学生の学業向上に貢献したりといった効果が期待できます。
近い将来、自律走行車が実現すれば、公共交通機関にも革新がもたらされるでしょう。
カメラやセンサーなどから得たデータを活用して自動で走行することで、労働力不足を解消しながら、より安全で手ごろな価格の移動手段を提供できます。さらに、移動が困難な方々にとっても利用しやすい交通環境が実現します。公共機関のみならず、地域の産業・経済も含めて大きな影響を与えるでしょう。
このように、データとAIの活用には多くのメリットがありますが、冒頭で示したようにさまざまな懸念から公共領域においてはデータとAIの活用を控える傾向があります。
例えば、生成AIを使ったチャットbotや音声アシスタントの活用は、市民サービスの向上、反復的かつ大量な作業の自動化による業務効率への期待がある一方で、AIシステムが持つ偏見や誤情報の拡散、公平性の欠如、透明性の不足、責任の曖昧さなどが指摘されています。
AIには、自身が学習したデータが持つ偏りや誤りをそのまま反映してしまうリスクがあります。
例えば、AIは特定の属性の人々に対して偏見を含む判断を下すことがあります。誤情報がAIシステムによって拡散されることで、信頼性の低下や誤解が生じるリスクも心配されています。生成AIのように複雑な処理を経て判断を下すAIモデルは透明性が欠如しやすく、誰が責任を負うべきかが不明確になってしまうという問題もあります。
公共機関においては、意思決定における透明性や説明責任が非常に重視されます。AIシステムの決定が市民に対して説明できないことに対する懸念もあるのです。また、自律走行車の社会実装にも、安全性への懸念や規制の不確実性、倫理的問題、データプライバシー、道路インフラの強化コストといった課題があります。
さらに、AI導入のための人材やリソースの不足も深刻な課題です。AIソリューションを構築するためには高度な専門知識とスキルを持つ人材が必要ですが、そうした人材を確保することは容易ではありません。例えば、自治体などの公共機関では、人口や経済状況に応じて予算が配分されます。人口減少によって必要なリソースを確保できない機関も増えていくでしょう。既存の職員にAI関連のスキルを習得させるためのプログラムの手配や時間の確保も必要になります。AIやデータの専門家との協働が求められています。
では、これらの課題を解決し、効率化と市民サービスの向上を実現するにはどのような方法が適切でしょうか。
次回は、実際の公共機関の取り組みを例に挙げて、具体的な方法を紹介します。
クラウド、ビッグデータ、データガバナンス、PaaS、Webアプリケーションなどのアーキテクトとしての設計や実装の経験を持つソリューションエンジニアです。
過去にはヒューレット・パッカード エンタープライズでビジネス・ディベロップメント、DXCテクノロジー・ジャパン株式会社でチーフ・テクノロジストの職務を担当し、2019年6月にCloudera株式会社に入社しました。
Cloudera:https://jp.cloudera.com/
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