公共領域におけるデータとAI活用のメリットと課題――効率化と市民サービスの向上を目指す(後編)データを原動力としたAI活用の可能性と課題(7)

公共領域でデータとAIを活用するには、さまざまな懸念を払しょくし、それを市民にも明らかにしなければなりません。

» 2024年12月26日 10時20分 公開
[吉田栄信Cloudera株式会社]

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この連載について

データを正しく収集、管理、分析することで、企業は業務効率化やDX(デジタルトランスフォーメーション)、競争力強化につなげられきます。最近はML(機械学習)や生成AI、LLM(大規模言語モデル)の活用によって成果を上げている企業が増えています。本連載は、データ利活用によって生まれるビジネスの機会や、それを実現するための課題や要点を、具体的な事例を交えて業界別に紹介します。

 前回は公共領域におけるデータとAI活用のメリットと懸念される問題を見てきました。課題が山積する公共領域ですが、データとAIの活用による効率化や市民サービスの向上はもはや必須といってよいでしょう。

本稿ではさまざまな問題を解消して成功した2つの事例を紹介ます。

数億単位の国勢調査プロセスを効率化 システムはどう実装したか

 まずは、大量のデータを扱いながら、セキュリティ、ガバナンス、信頼性を確保している米国の国勢調査局の事例を紹介しましょう。

 連邦政府最大の統計機関である米国国勢調査局は、10年ごとに国勢調査を実施しています。国内の全住民の状況を把握してさまざまな政策に生かすための重要な調査です。下院の議席数決定や連邦資金の地域社会への分配にも利用されています。

 2020年の国勢調査は約3億3000万人の情報を集めています。この時、従来の紙の調査票による調査手法をオンライン収集に変更したことから、ペタバイト級のデータが生成されたため、その管理が新たな課題になったのです。

 この課題に対応するため、国勢調査局はそのデータ基盤となる「エンタープライズデータレイク」(EDL)構想を策定し、エッジコンピューティングからAI活用までをカバーするデータプラットフォームを採用しました。データプラットフォームを使って、データの「取り込み」「分析」「保存」「セキュリティ確保」を効率的に実現したのです。

 国勢調査局は膨大なデータを安全かつ効果的に管理し、政府の意思決定に役立つ重要な洞察を提供しました。データプラットフォームの特性を生かしてスケーラビリティ、柔軟性、選択の自由を確保したわけです。

 この取り組みは、調査協力の負担を軽減したことから、市民にも大きな恩恵をもたらしました。自身の回答を再利用したり、迅速なデータ分析も可能になりました。同時に、セキュリティと厳格なデータガバナンスも実現したトカラ、個人情報の保護も強化されました。

 さらに、データセットの系統追跡や、データアクセス権限ポリシーを設定したため、データサイエンティストが安全にデータを共有したり分析できるようになりました。

 これらの改善により、国勢調査局は他の政府機関とよりも効果的に市民と連携できるようになり、将来の計画に貢献する重要な洞察を得られるようになりました。こうした成果が最終的に市民に還元されることが期待されています。

データとAIを活用し、業務の効率化と市民の安全確保を実現した警察組織のケース

 デジタル技術が発展するにつれ、公共部門の組織にはより良い市民サービスへの期待も高まっています。データとAIの活用によって市民からの緊急通報に関する課題を解消した英国の警察組織のケースを紹介しましょう。

 この警察組織は、約280万人が住む都市を管轄し、日々約2000件の緊急通報に対応しています。膨大な記録はデジタル化していたものの、個々のデータベースはサイロ化していたため、データを十分に活用できておらず、管理方法を改善する必要性を認識していました。サイロ化したレガシーなシステムが、緊急事態への迅速な対応の大きな妨げになっていたのです。

 そこで、統一されたクラウドネイティブなデータプラットフォームへのデータ移行を決断し、パブリッククラウド向けデータプラットフォームを採用しました。データプラットフォームを統一するのと同時に、警察官らがデータにアクセスしやすくなるよう、高度な分析機能を使って各種データリポジトリをモダナイズしています。

 この警察組織は、この取り組みにより、従来30分かかっていた市民からの緊急通報の待ち時間をわずか30秒に短縮しました。

 また、AIなどを使った詳細なデータ分析によって、取り締まりの効率向上や公共安全のニーズを明確化できるようになりました。それに加えて、上級警官向けにはリアルタイムダッシュボードを用意し、データに基づく意思決定の迅速化も実現しています。

 この警察組織では今後、より多くのデータをプラットフォームに組み込み、英国の警察におけるデータとAIの活用をリードし続ける方針です。

 さらに、バイアス・誤情報の排除や公平性・透明性などに配慮した倫理的利用を行うため、警察組織から独立した「データ倫理委員会」を設立し、安全なデータ活用を支援しています。

技術革新と社会的責任のバランスが重要

 ここで見た2つの事例からも分かる通り、公共領域におけるデータとAIの活用は、業務効率の向上、意思決定の迅速化、市民サービスの改善を実現する上で非常に重要です。同時に、セキュリティとプライバシーの確保、倫理的な利用という視点も大切です。

 なお、冒頭で触れた「PSN Government Innovation Show」のラウンドテーブルでは、政府機関によるAIの価値最適化とリスク管理について議論が交わされました。

 まず小規模でリスクの低いプロジェクトから始めることや、高品質データの使用、明確な倫理原則の確立が提案されました。また、AIモデルの厳格なテストと監視、説明可能性の向上も重視されました。政府内のAI専門知識強化のため、技術人材の採用とトレーニングの提供も必要とされました。さらに、学界や産業界との連携、市民を巻き込んだ透明性のある政策策定プロセスを通じて、公共の信頼を築くことも議論されました。

 このような考えのもと、技術革新と社会的責任のバランスを取るアプローチが多くの公共機関にも広がっていくことが期待されます。

 ★確認:これ以降の原稿はありますでしょうか?★次回の記事では、医療分野におけるデータとAIの活用の最前線を紹介します。ワクチン開発や一人一人に合わせた治療でのテクノロジー活用や、医療上のプライバシー保護、サイロ化したデータベースを統合して大手製薬会社のデータウエアハウス活用事例など、未来の医療の姿を明らかにします。

著者紹介

吉田栄信(よしだ えいしん) Cloudera株式会社 ソリューションズ エンジニアリング マネージャー

クラウド、ビッグデータ、データガバナンス、PaaS、Webアプリケーションなどのアーキテクトとしての設計や実装の経験を持つソリューションエンジニアです。

過去にはヒューレット・パッカード エンタープライズでビジネス・ディベロップメント、DXCテクノロジー・ジャパン株式会社でチーフ・テクノロジストの職務を担当し、2019年6月にCloudera株式会社に入社しました。

Cloudera:https://jp.cloudera.com/


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