サプライチェーンの優先度が低下しているが、企業はレジリエンスとアジリティを高めるための取り組みを続けなければならない。必要な投資を確保するためにはどうすればよいだろうか。
新型コロナウイルスによるパンデミックなどの混乱を受け、サプライチェーンは過去5年間でかつてない注目を集めたが、その関心は徐々に薄れつつある。
業界専門家によると、企業は他の課題を優先するあまり、これらを実現する技術への投資を控え始めているという。同氏は「他の優先事項がある中で必要な投資を確保するための、説得力のある理由を示すべき」と指摘している。
なぜサプライチェーンに対する投資が減ってしまったのか。必要な投資を確保するためにはどうすればよいだろうか。
コンサルティング企業であるMcKinsey & Companyが発表したサプライチェーン調査報告書によると、組織はサプライチェーンのレジリエンスに対する投資を減速させる傾向にあるようだ。本報告書は2024年5月に実施された調査に基づいており、企業に対してこれまでの施策と、2025年の投資について尋ねている。
McKinsey & Companyのパートナーであり、本報告書の共著者でもあるクヌート・アリッケ氏は「パンデミックが起こり、組織はサプライチェーンをより強固で柔軟なものにする必要があると認識した」と述べた。それを受けて、組織はコントロールタワーや戦略室のように、可視性を向上させ連携を可能にする短期的な措置を設置し、その後にエンドツーエンドの計画といったより構造的な措置を講じた。
「供給網で多くの問題が発生していた。一つの供給者、一つの地域、一つの国、または一つの技術に過度に依存していたため、企業はこれを分割し、代替の供給源を探し始めた」(アリッケ氏)
2021年と2022年に、サプライチェーンは取締役会の懸念事項となり、レジリエンスの強化に対する大規模な投資がされた。2023年と2024年にもサプライチェーンの混乱は発生したが極端なものではなく、この問題への関心は低下した。
「企業はコスト削減や在庫削減により焦点を当てており、サプライチェーンの責任者は重要なポジションを失った。リスクは依然として重要なトピックだが、後回しにされている」(アリッケ氏)
調査企業であるGartnerのマイク・ドミニー氏(アナリスト)は「AIやデータ分析などのデジタル技術への投資はサプライチェーンのレジリエンス向上のために続けられるが、投資のためのより高度な理由が必要になるだろう」と述べた。
「一般的なデジタル投資やデジタルサプライチェーン投資に対するCFO(最高財務責任者)の監視が強まっているが、まだ見放されることはないだろうと考えている。組織がサプライチェーンにおいてより高い効率と効果を実現するために、テクノロジーの活用が役立つ」(ドミニー氏)
ドミニー氏は「サプライチェーンの責任者には常にコスト管理が求められていたが、2020年に発生したパンデミックに関連する課題に対応するために、予算と支出に関するサプライチェーン責任者の裁量が拡大した」とも述べている。
「製品が入手できない状況だったため、サプライチェーンの責任者はコストに関するプレッシャーを感じていなかった。しかしインフレが進み、コストが増加し、サプライチェーンの責任者はコストやコストを抑制する方法について問われるようになった」(ドミニー氏)
コンサルティングサービスを提供するEY Global Consulting Servicesのアシュトーシュ・デクネ氏(パートナー)によると、2020年以降、サプライチェーンは組織の戦略の中心に位置するようになったが、状況は変わり始めているという。
デクネ氏は「混乱は継続的な問題となっているため、それを管理する方法を見つけなければならない。アジリティとフレキシビリティを向上させることが特に重要だ」と述べた。これによってサプライチェーンはコストセンターではなく、組織の商業面や財務面に洞察をもたらす成長エンジンとなる。
「これは、単に特定の潜在的な顧客ニーズに対応できるかどうかだけでなく、そのニーズへの対応に関連して発生するコストと利益を理解することを意味する。サプライチェーンチームは、戦略的な洞察を組織に提供できるようになり、その結果、戦略的なアジェンダを推進するチームの核心部分として認識されるようになる」
デクネ氏は「サプライチェーンのレジリエンスとアジリティを向上させる目的で、サプライヤーを多様化する動きは維持されるだろう」と述べた。このトレンドは、1つのサプライヤーに依存しない環境を構築し、必要に応じて在庫管理を調整することと関連している。これには、ジャストインタイムの在庫システムの利用と在庫ストックの維持の両方が含まれる。
現在は、レジリエンスとアジリティのために倉庫を保有する必要があるが、同時に全てを自社の帳簿に計上せずに済むように、ベンダーが管理する在庫プログラムも必要だ」(デクネ氏)
デクネ氏は「サプライチェーンの可視性はもう一つの重要なトレンドだが、商品の追跡と追跡以上のことが求められている」と述べた。これを実現する目的で、組織は製造データや計画マスターデータ、サプライヤーマスターデータ、顧客データを含むサプライチェーン全体にわたる統一のデータモデルを作成するために、クラウドベースのデジタル技術を導入している。
デクネ氏は「可視性の向上により、問題の根本原因を即座に分析することが可能になる」と説明した。
「例えば、棚に商品がない場合、その理由は何だろうか。それは企業の生産量が不足しているからだろうか。それとも、製品を生産したものの予測に問題があり、製品が不足していない場所に製品を誤って出荷してしまったからだろうか」(デクネ氏)
サプライチェーン管理協会のCEO、アベ・エシュケナジ氏は、企業が拡張サプライヤーへの可視性の欠如による混乱で大きな損失を被っているため、今後も可視性向上の動きが続くと語った。特に中小企業での混乱が顕著であり、彼らは大手サプライヤーほど資金やリソースが豊富ではないため、追跡可能性や透明性の確保に向けたテクノロジーとデジタル変革への投資を加速させている。
「さまざまな混乱に対して回復力、適応力、機敏性を発揮するには、起こり得る結果を予測するための情報が不可欠だ。そのため、多くの企業がAI、予測分析、機械学習に多額の投資を行っている」(エシュケナジ氏)
AIや生成AI、高度な分析、自動化はサプライチェーンに取り入れられつつあり、アナリストはそのメリットだけでなくリスクにも注意を促している。
例えば、デジタル化の進展によりサイバーセキュリティのリスクが高まり、悪意のある攻撃の標的となる可能性が増しているとエシュケナジ氏は指摘する。「攻撃者はトップ層を狙うのではなく、同じレベルのプロトコルやセキュリティ要件を持たない拡張サプライヤーを標的にする」と彼は警鐘を鳴らす。
さらに、組織は新しい技術を十分に活用できるスキルや経験を備えておらず、AIシステムの推奨事項を正しい検討をせずに受け入れてしまう傾向があると述べる。
「組織が受け取る情報やシステムの提示内容を精査する能力が不足している。技術に依存するのではなく、人間の問題解決能力と批判的思考力が求められる。技術への投資と、それを活用できる人材への投資を両立させる必要がある」(エシュケナジ氏)
AIは「輝かしい存在」とされているが、一方で過度に誇張されている側面もある。IDCのアナリスト、サイモン・エリス氏は、「2025年は、AIの実際の効果と期待とのギャップが明確になる年になるだろう」と述べる。
「業務部門の方々に話を聞いても、AIによって何が起こっているのか、あるいは何が本当に起こっているのかすら不明瞭なケースが多い。サプライチェーンの現場と、AIに対する世間の期待には大きな乖離(かいり)がある」(エリス氏)
この乖離の一因として、AIの種類や用途が明確に定義されていないことが挙げられる。
例えば、機械学習などの従来型AIは需要予測の分野で20年以上にわたり活用されてきた。しかし、生成AIをレポート作成や顧客サポートに活用する動きは、多くの企業にとってまだ試験段階にあるとエリス氏は指摘する。
「5、6年前、ブロックチェーンが世界を変えるといわれていたことを思い出してほしい。実際はそうならなかった。生成AIがブロックチェーンと同じ運命をたどるとは言わないが、期待が高まるほど革命的な変化が起こる可能性は低くなる。AI分野はまだ発展途上だ」(エリス氏)
企業はデータセキュリティの課題を解決する方法を模索しており、「サプライチェーンでの生成AIの本格導入には今後2〜5年かかる可能性がある」とアナリストのアリッケ氏は指摘する。
「この技術は大きな可能性を秘めているが、多くの企業はオープンクラウド環境でデータを共有することに慎重だ。そのため、プライベートクラウドの活用が検討されており、生成AIを活用した新たなツールやソリューションが続々と登場している。今後2〜5年で多くの革新的なアプリケーションが生まれるだろう」(アリッケ氏)
最終的に、2025年のサプライチェーンでは、過去5年間の経験を生かし、それをビジネス戦略の最前線に維持することが重要になるとアリッケ氏は述べる。
「サプライチェーンは2、3年前には大きな注目を集めていたが、今では関心が薄れつつある。コスト削減の影響で回復力が低下し、サプライチェーンの脆弱性が高まっている。1、2年後には、この問題が再び浮上し、企業は回復力を高めるための対策を講じる必要に迫られるだろう」(アリッケ氏)
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