2025年に入り、新たな政権による関税政策が製造業に再び波紋を広げている。しかし、COVID-19のパンデミックを受けて導入された対策が、不確実な状況を乗り越える助けとなる可能性がある。
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2025年に入り、新たな政権による関税政策が製造業に再び波紋を広げている。主要貿易国への高率関税の発動と一時停止、そして再発効という目まぐるしい状況は、サプライチェーンを混乱させ、製造業者を不安定な立場に追い込んでいる。
しかし、COVID-19のパンデミックを受けて導入された対策が、不確実な状況を乗り越える助けとなる可能性がある。
新政権による関税政策は2025年1月以降、幾つかの国や産業に対して発動されたり延期されたりしてきた。最初に発表されたのは、米国の最も重要な貿易相手であるカナダとメキシコから輸入される全ての製品に対する25%の関税だ。そして中国からの製品に対する10%の関税も発表された。
トランプ氏はこれらの関税を同年3月まで一時停止すると発表し、最終的にカナダおよびメキシコ、中国に対する関税は同年3月4日に発効した。なお、中国に対する関税は当初の倍である20%に引き上げられた。
調査企業であるGartnerのサム・ニュー氏(サプライチェーンアナリスト)によると、混乱した状況によって製造業者は不安定な状況に陥っているが、頼りになる戦略も存在するという。
ニュー氏は「私たちが製造業者に提供しているアドバイスは、戦略的な人員削減やリスク軽減策などの選択肢を重視した方針を維持する必要があるということだ。これには、戦略的な冗長性やリスク軽減策などが含まれる」と述べ、小規模から中規模の製造業者は市場の変動に影響を受けやすいため、特にリスクが高いと付け加えた。
ニュー氏によると、製造業者にとって重要なのは、状況が不安定なうちにサプライヤーの基盤を多様化させることだという。ただし、最も重要な戦略は、さまざまな状況を想定する目的で、モデリングや感度分析を含むシナリオプランニングを実施することだ。
「重要なのは、まず第一に製造業者として自社がどれだけのリスクを許容できるかを考えること、そして、第二に、起こり得るシナリオとその影響を把握することだ。これによって政策の継続的な変化によって生じる不確実性に備えた計画を立てられる」(ニュー氏)
ポジティブなニュースは、COVID-19やその他の環境的もしくは地政学的な混乱によってサプライチェーンが近年受けた衝撃が、現在の関税政策の不安定さに対する備えとして製造業者の対応力を高めていることだ。
2025年2月に発表されたGartnerの「2025 Tariff Volatility Survey(2025年版 関税変動に関する調査)」によると、76人の最高サプライチェーン責任者のうち79%以上は「新たな貿易環境に対応できる体制が整っている」と回答している。また、過半数の53%が2025年のビジネス環境に対して楽観的な見方を示している。
ニュー氏によると、関税政策の影響を受けることによるビジネス環境は、パンデミック時と似ているが、重要な違いが一つあるという。それは製造業者が緊急時の対応計画やリスク軽減策、サプライチェーンへの影響に対する備えをゼロから始める必要がないという点だ。
「そのように考え始めたときに浮かび上がってきたのは、綿密な戦略を持つことが競争優位につながるというテーマだった。こうした事態を前もって想定し、それに応じた計画を立てておけば、さまざまなシナリオの影響をシミュレーションできる強固な冗長性や意思決定の選択肢を豊富に備えられる。競合他社よりもはるかに先を行けるだろう」(ニュー氏)
製造業に特化したERPベンダーであるSysproのケビン・ベル氏(戦略アカウントディレクター)によると、中小規模の製造業市場は世界経済を動かす原動力であり、これらの企業が可能な限り効率的かつ効果的に運営されることが非常に重要だという。
ベル氏によると、COVID-19のような不安定な出来事により、世界中でサプライチェーンの停滞や逼迫を引き起こされた結果、多くの中小規模の製造業者が事前に計画を立てる重要性を学んだという。
「変化が当たり前となった今の時代において問題なのは、『起こるかどうか』ではなく『いつ起こるか』だ。変化の影響を和らげるために、製造業者が取り組むべきことが幾つかあり、理想としてはすでに実行されているべきだ」
ベル氏は「製造業者は、自社のサプライヤーの全体像を適切に把握し、サプライヤーの基盤を多様化させておく必要がある」と述べた。これによってサプライチェーンが逼迫したり、特定の地域でのビジネスが非効率になったりした場合でも、柔軟に対応するための選択肢を確保できるという。
「重要なポイントの一つは、製造業者がサプライヤーもしくは複数のサプライヤー候補との関係を改善することだ。例えば、特定の地域で関税が発生した場合に備えて、同じ材料を調達するためのA、B、Cといった選択肢を持っておくことだ。コストは高くなるかもしれないが、サプライチェーンを止めずに維持できる」(ベル氏)
部品の調達および製造のためのデジタルプラットフォームを提供するFictivのデイブ・エバンズ氏(共同創業者兼CEO)によると、トランプ政権の関税政策は、製造業界にパンデミック時と似たような環境を生み出しているという。
「製造業者が大前提として理解しておくべきは、これからの状況が2020年の状況と同じように感じられるということだ。パンデミックとは全く異なるシナリオだが、不確実性や混乱の感覚は5年前とよく似たものになるだろう」(エバンズ氏)
エバンズ氏は「製造業者は直面するビジネスの環境をコントロールすることはできないが、その環境にどう対応するかは自分たちでコントロールできる」と述べた。
新たな関税の名目上の目的の一つは、製造業の拠点や雇用を米国国内に戻すことだとされている。しかし、大規模な生産回帰(リショアリング)がすぐに実現する見込みはない。
ニュー氏によると、リショアリングに関する議論は以前から続いていたが、現時点でそれを現実のものにするだけの労働力の準備が米国国内に整っていないのだという。
「米国は中国ではないし、過去数十年間、世界の工場になるために努力してきたわけでもない」と同氏は述べた。米国には、中国が過去20年以上かけて築き上げてきたような熟練労働者や技術、生産能力がないのだ。
エバンズ氏は、リショアリングやニアショアリングは、あらゆる製造業者のシナリオプランニングに組み込むべきだが、実現可能性とそれに伴う課題を理解する必要があると述べている。これは製造業のリーダーたちの間で議論されている点だが、現状では行動よりも議論の方が多いのだ。
これを現実的な選択肢として考えているなら、必要な設備投資額、人員要件、技術の考慮点などを理解する必要がある、と同氏は語った。
ベル氏は、製造業の国内回帰はより長期的な戦略だと語った。
「多くの企業が生産拠点の国内回帰について真剣に検討しているが、今回の関税が実際にどれほど短期的なものになるか、あるいは長期的なものになるかを見極めるには、むしろ様子見の姿勢をとっているだろう」と同氏は述べた。今のところ、この点に関する指針はほとんど示されていないのだ。
ベル氏は、メーカー各社は今後、より予測可能性が高まり、長期的な意思決定が可能になることを期待していると述べた。しかし今のところ、これらの企業はパンデミックから得た教訓を活用し、AI、高度な分析、サプライチェーン連携といったより多くのツールを活用することで、関税による混乱の影響を最小限に抑えられる。
中小規模の製造業者は、これまで以上にこうしたツールを活用しており、今まさにこうしたショックを吸収し、成長を続ける上で、はるかに有利な立場にあるのだ、と彼は述べた。しかし、彼らは行動を起こさなければならない。何もしないという選択肢はもはやなく、ただ座って事態が正常に戻るのを待つこともできないのだ。
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