最終回は、AIの今後の進化と発展、そして、それに対して企業がすべきことを解説します。
「AIによって仕事が奪われる」「AIで49%の仕事がなくなる」という話が、世間をにぎわせています。実際、2024年後半から「AIエージェント」という言葉をよく見聞きすることが多くなりました。業務がより高度化、複雑化していく一方で、労働力人口は減少し続けており、人手不足を補うための業務の効率化は、企業にとって喫緊の課題です。生成AIの登場により、この課題を解決する明るい兆しが見えてきましたが、倫理的、社会的問題についても議論されています。最終回は、AIの今後の進化と発展、そして、それに対して企業がすべきことを解説します。
Box Japan プロダクトマーケティング部 シニアプロダクトマーケティングマネージャー
20年以上にわたり、銀行の情報システム部門や日系SIerのプリセールスエンジニア、外資系ベンダーのアーキテクトとして活躍。特にコラボレーション・コミュニケーション領域において幅広い知識と豊富な経験を有する。
日本マイクロソフトを経て2023年にBox Japanに移籍。プロダクトマーケティングマネージャーとして製品の市場投入やメッセージングをリードするとともに、さまざまなイベント、セミナーで講演し製品価値を訴求。
初期の人工知能は、ルールベースで処理を自動化するだけのものでした。「Aであればこちら、Bであればこちら」と分岐していくフローチャートをものすごく複雑にしてコンピュータに結論を出させる、「生成しない」AIです。
約2年前(2022年11月30日)のChatGPT公開で、LLM(大規模言語モデル)による「生成AI」の概念が世の中に初めて紹介されました。その後、さまざまなAIモデルがリリースされ、進化し続けています。
ルールに従って処理するだけの人工知能を幼児レベルとするなら、初期の生成AIモデル(例えばGPT-3)は、ティーンエージャー相当のレベルです。そして進化した最新のAIモデルは、普通の人より少し賢い大学院生レベルで、教科によってはテストで人間よりも高得点を出せるようになっています。
また、AIモデルは賢くなるだけでなく、より有能になっています。テキストを読むだけの生成AIの段階を超えて、ビデオを見たり、画像を読み取ったり、音声を聞いたりできる、マルチモーダルの世界へと移行しました。これは、企業にとって非常に有益です。
テキストだけでなく、画像や音声、動画などの企業が保有するあらゆるファイルについて質問できるようになることで、例えば「あなたが探している情報は、CEOインタビュー動画の開始後5分の部分にあります」とか、「このPDFの3ページ目のグラフに、その情報が含まれています」といったことを教えてくれるようになるからです。これは、かなり便利です。
生成AIの今後の進化と発展について説明する前に、1つ整理したいことがあります。それは「AIエージェント」です。AIエージェントと聞くと、AIが自分で判断して人の力を介さずに業務を処理し、人に成り代わって人間の仕事を「奪う」、ヒューマノイドロボットのようなものを想像するのではないでしょうか? 現在提供され始めているAIエージェントと、将来想定される理想的なAIエージェントは異なります。話の中で出てくる「AIエージェント」がどちらのことを言っているのか、注意を払う必要があります。
AIの進化を簡単に3段階に表したものです。AIアシスタント」「AIエージェント」、そして「エージェンティックAI」です。それぞれの段階を詳しく見ていきましょう。
初期の生成AIは、テキストと画像による汎用チャットbotで、聞かれたことに答えるだけのものでした。アルバイトの高校生がアシスタントとして従業員について、「これを調べておいて」と頼むと指示通りにやってくれるイメージです。
現在提供され始めているAIエージェントです。特定業務や目的に合わせてカスタマイズでき、AIアシスタントよりも多機能なのでより多くのことができます。指示の内容をしっかりと理解して、ある程度自分で考えながら、指示されたことを処理します。目的と指示を与えることで行動する点は、AIアシスタントと同じです。業務に精通している誰かが、自分の仕事の一部を代理でやってくれるイメージです。
将来想定される理想的なAIエージェントです。人の力を介さず、タスクを自律的に実行します。複数のAIアシスタントやAIエージェントと連携し、より複雑な問題にも対処できます。人間に成り代わって業務を自動的に処理するので、「仕事を奪う」といわれているものです。
AIエージェントは、組織固有の背景や文脈を理解し、学習し、行動できる、インテリジェントなソフトウェアプログラムです。人間と同じように、特定の目標を達成するために行動を起こし、経験から学び、多くの場合、最小限のインプットで人間と一緒に行動します。既存の社内業務システムにAIエージェントを組み込んだ場合を想像してみてください。AIエージェントは、膨大な量のデータにアクセスして分析し、ルーティンワークを自動化し、情報に基づいた意思決定を支援してくれます。
AIエージェントがどのように振る舞うのか、損害保険会社の例で説明しましょう。保険会社に、自動車事故を起こしてしまった顧客から保険金請求の依頼が来たという場合です。
顧客から送られてきた写真を生成AIで分析すれば、フロントバンパー、ヘッドライト、フェンダー、ボンネットを交換する必要があることと、修理代金の概算見積を数秒で回答してくれます。事故を起こした人は、どれくらいの損害なのかを取りあえずざっくりとでも知りたがっているはずなので、それがすぐに分かるだけでもかなり便利です。
しかし、保険会社の社員にとっては、これだけでは不十分です。保険会社の仕事は、調査して損害を理解し、適切な修理代金の請求フォームを提出し、承認を得て修理作業を開始するところまでがワンセットです。AIエージェントは、この一連の作業を肩代わりしてくれます。
「分析エージェント」が、写真から車種と修理が必要な箇所を特定します。「メカニックエージェント」が、カタログから交換部品を探し出し、部品代金と修理作業費を提示します。「管理エージェント」が、全体の修理費用を算出して、見積書を作成します。
管理エージェントは、過去の類似案件と比較して一貫性があるか、適正な金額であるかもチェックします。一連の作業をAIエージェントが行うため、社員は作成された見積書を確認して顧客に送付するだけです。
AIエージェントは、面倒な作業を自動化し、隠れたインサイトを明らかにする、インテリジェントな支援者です。AIエージェントを活用すれば、従業員は、顧客やエンドユーザーとの関係構築や、創造性、判断力、戦略的思考を必要とする高次な業務に集中できるようになります。
AIが全ての仕事をやってくれるわけではないので、AIエージェントによって仕事が奪われるわけではありません。
今後、企業にとってのAIは、どのようになっていくでしょうか? 3つの予測を述べたいと思います。
1つ目は、AIは賢く進化し続けるということです。ただし、これまでと同じように進化していくのかは分かりません。マルチモーダルAIによる高機能化、「DeepSeek」の登場による価格競争化、推論モデルやオープンウェイトモデルなど、AIを取り巻く情勢は刻々と、そして劇的に変わります。将来想定される理想的なAIエージェントは、現在考えられているものよりずっと優れたものになるでしょう。
2つ目は、AIエージェントが企業内の仕事の一部分として当たり前になるということです。AIに仕事を奪われるのではないかといった話があるため、懐疑的な人もいるかもしれませんが、AIエージェントは業務を効率化するための当然の道筋です。このため、AIエージェントの使用は一般的になるでしょう。
3つ目は、AIエージェントの活用を始める企業が、これから登場する新しい機能の活用にも柔軟に適応できる企業になります。まったく新しいテクノロジーが登場すると、まだ成熟していないテクノロジーは使い勝手や性能に疑問があると心配しがちです。しかし、様子見して出遅れるのは良い判断とはいえません。この革新的なイノベーションに対して、できるだけ早く取り組むことが、企業の競争力を高めることにもつながります。
ただし、浮足立つ必要はありませんし、飛びつく必要もありません。AIエージェントを導入さえすれば全てがうまくいくわけではありません。そして、「仕事を奪う」ような自律型のAIエージェントは、理想であり、将来的な展望であり、ビジョンです。
しかし、AIを使用している企業が、今後のビジネスにおいて競争優位性を得るであろうことは、容易に想像できます。では、生成AIに対して、企業は何を取り組めばいいのでしょうか?
生成AIに起因する情報漏えいを防ぐためには、「データセキュリティ」の土台が必要であることを第2回で説明しました。生成AIの情報源である社内のファイルのアクセス権限管理、データ分類、データ保護ができていない場合は、早急に着手しましょう。そして、第3回に説明した通り、社員全員が活用できる、分かりやすく、使いやすい生成AIを導入しましょう。
もし、AIエージェントを触れる環境があるのであれば、試してみましょう。試すといっても、PoC(概念実証)をする必要はまだありません。AIを推進する担当者や技術者が、AIエージェントの仕組みを理解するところから始めましょう。
急激に進化する生成AIの最新情報を常に追いかけていくことは重要ですが、あふれる情報に惑わされず、生成AIに対する自社の現在地を確認し、実現したいこと、目指すべき姿に目を向けて、段階的に生成AIを導入していくことをおすすめします。
著者紹介:武田新之助
Box Japan
プロダクトマーケティング部 シニアプロダクトマーケティングマネージャー
※本稿は、Box Japanからの寄稿記事を再構成したものです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.