AIエージェントが普及して「実行主体」となる時代、ネットワークやセキュリティの在り方も大きく変化している。この領域で存在感を持つシスコは変化をどう支援するのか。公的機関との連携強化をはじめとした同社の戦略を読み解く。
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シスコシステムズ(以下、シスコ)は2026年2月18日、「2026年度事業戦略説明会」を開催した。
ネットワーク機器のリーダーとして市場をけん引してきたシスコは「AI時代の組織をつなぎ、保護する」プラットフォームプロバイダーへと姿を変えつつある。特に膨大なマシンデータ解析に強みを持つSplunkとの融合が、このビジョンにどのような化学反応をもたらすのか。
AIが単なる支援ツールから業務の「実行主体」へと進化する「Agentic Era」(エージェンティック・エラ)において、シスコが提示した青写真を読み解く。
登壇したのは就任3年目を迎えたシスコの濱田義之氏と、2025年に同グループ入りしたSplunk Services Japan(以下、Splunk)の内山純一郎氏だ。
濱田氏が掲げた中長期成長戦略は「Bold Move 2026」だ。これはAI時代におけるビジネス変革と、テクノロジーによる安心・安全な接続、持続可能な未来の創造を実現させることを意味している。
濱田氏は2025年を振り返り、ネットワーキング事業が8四半期連続で成長し、セキュリティ導入企業も11万社を超えた現状を「AI時代に向けたインフラ刷新と、待ったなしのセキュリティ対策の表れ」と分析する。
AI時代に向けたさらなる成長に対して、シスコが打ち出したビジョンが「One Cisco, One Portfolio」だ。ネットワーキングやコラボレーション、データセンター、セキュリティ、オブザーバビリティを個別の製品として並べるのではなく、単一のシームレスな「One Platform」として提供することが、シスコの責務だと濱田氏は述べる。
このビジョンを実現する上で重要な役割を果たすのが、2024年に創設された「サイバーセキュリティ センター・オブ・エクセレンス」(CoE)の拡張だ。第2フェーズに移行した同組織では、世界500人の精鋭を擁する脅威インテリジェンスチーム「Cisco Talos」の日本チームを本格稼働させ、日本のエンジニアによる対応体制を構築している。なお、第2フェーズからはSplunkの内山氏がCoEのセンター長として兼務する。
さらに内閣官房国家サイバー統括室(NCO)との連携強化や、NICT(情報通信研究機構)とのIoC(脅威の兆候)情報の共有など、公的機関との「三位一体」の取り組みを促進させる。2026年から施行される能動的サイバー防御に関連した法案も見据え、日本の安全保障を支えるハブとしての機能を強めている。
技術面での注力ポイントは、AI処理を促進させつつ消費電力を抑制するインフラ構造だ。AIの学習や推論において、ネットワークがボトルネックになる事態は避けなければならない。濱田氏はそこで、最新のスイッチングシリコン「Silicon One G300」を紹介した。これは102.4Tbpsというキャパシティーを誇り、ネットワークの利用効率を約33%向上させる。結果として、AIのジョブ完了時間を約28%短縮するという、まさにネットワークをAIの「アクセラレータ」に変える技術だ。
この他、日本におけるAI利用の障壁の一つが「電力確保」だ。シスコはこれに対し、光学技術(シリコンフォトニクス)を駆使した解決策を提示した。デジタル信号プロセッサ(DSP)を排除し、シリコンチップ側で処理を最適化する「LPO(Linear Pluggable Optics)」モジュールを採用することで、システム全体の消費電力を約30%削減する。これは環境負荷低減とビジネス成長を両立させる、同社のサステナビリティ戦略の核心部分でもある。
また、濱田氏は「人」中心の設計から「AIエージェント」が混在するネットワークへの転換についても言及した。例えば従業員5000人の企業が、AIエージェントの活動によって実質的に5万人規模の通信負荷を抱える時代が来る。これに対応するため、運用の自動化と、ネットワーク自体にセキュリティを融合させたアーキテクチャへの刷新を急ぐ。
特に注目すべきは、耐量子暗号(PQC)への対応だ。量子コンピュータの普及によって従来の公開鍵暗号が解読されるリスクに対し、シスコはOSやハードウェアレベルでPQC対応製品を順次リリースしている。NIST(米国国立標準技術研究所)の標準化やNISCのロードマップに準拠し、2035年までの完全移行を見据えた先制攻撃的なインフラ提供をしている点は、中立的な視点から見ても同社の先見性が際立つ部分だ。
続いて登壇したSplunkの内山氏は、現在のセキュリティ担当者が直面している「破綻の危機」を指摘した。これまでのセキュリティは「人間がツールを使う」時代だったが、現在はAIが自律的な業務主体となる「Agentic Era」へとシフトしている。
内山氏によれば、2028年には世界で13億のAIエージェントが稼働し、394ZB(ゼタバイト)という天文学的なデータを生成すると見込まれているという。この「見えない労働力」が引き起こすノイズの嵐は、従来の「人間がログを目視で確認する」運用を完全に無効化する。このカオスを経営リスクに変えないためには、AIの動きを完全に可視化し、制御する仕組みが不可欠だ。
ここでシスコとSplunkの統合が真価を発揮する。内山氏は、シスコを社会の隅々まで張り巡らされた「神経(つなぐ力)」、「Splunk」を膨大なデータから文脈を読み解き意味を見いだす高度な「頭脳(理解する力)」と定義した。
この両者が一体化することで実現するのが、真の「統合オブザーバビリティ」だ。例えば、基幹システムのSAPで遅延が発生した際、従来はアプリ担当やインフラ担当、ネットワーク担当の間で原因究明のたらい回しが発生していた。しかしSplunkを使用すれば、アプリのトランザクションからネットワークパケットの動きまでを一本の線でつなぎ「それがサイバー攻撃なのか、単なるバグなのか」を瞬時に判別する。これができるのがシスコとSplunkの連携だと内山氏は主張する。
この他、内山氏は2026年度に日本企業に提供する具体的なソリューションとして、以下の3つを挙げた。
これまで多様なデータソースをSplunkに集約させるのには時間も手間もかかった。これに向けた解決策としてシスコが提唱する新しい概念・アーキテクチャが「Cisco Data Fabric」だ。Cisco Data Fabricは、Splunk製品に搭載されたフェデレーション機能「Splunk Federated Search」をコアとし、「Amazon S3」や「Snowflake」内の各データをSplunkに移動させることなく検索・分析できる。これによって日本企業はデータ主権を守りつつ、完全な可視性を手に入れられる。
Cisco TalosとSplunkの調査チーム「SURGe」が共同開発した、セキュリティ特化型の大規模言語モデル(LLM)「Foundation-sec-8B-Reasoning」を展開する。汎用AIとは異なり、セキュリティの専門知識を熟知したこのAIは、複雑なアラートを要約し、具体的な推奨アクションを提示する。これにより、経験の浅いエンジニアでもベテラン並みの対応が可能になる自律型SOCを実現する。
自社で導入したAIエージェントの挙動を監視する「AI Agent Monitoring」を2026年2月25日から提供開始する。さらに、ネットワーク側では「AI-Aware SASE」により、AI特有の通信トラフィックを認識・最適化し、プロンプトインジェクションなどの攻撃をリアルタイムで遮断する「ガードレール」を構築する。
内山氏はCoEのセンター長との兼務をはじめ、単なるツールの提供にとどまらない「日本社会への実装」をミッションに掲げた。特にSplunkを使いこなせる人材が不足している日本市場において、パートナー企業がマネージドサービス(MSP)を提供できるよう、技術支援と人材育成を徹底強化する方針を示した。
今回の戦略説明会を通じて、シスコは「接続の提供者」ではなく、企業のデジタルレジリエンス(回復力)を確保する「基盤そのもの」へと進化しようとしていることが浮き彫りになった。
今後の課題は「エコシステムの完成度」に移るだろう。説明会後の質疑応答では、シスコは25年ぶりにパートナープログラムを刷新し、単なる販売量ではなく「顧客への伴走能力」を評価する基準へと舵を切ったと触れられた。これは、高度化したプラットフォームを使いこなすための「人的・組織的インフラ」を日本全国に整備しようとする遠大な試みだ。
AIが自律的に動き、人間が管理しきれないほどのデータが生成される「Agentic Era」。この未知の時代において、シスコとSplunkが提供する「神経」と「頭脳」の連携が、どれだけ日本企業の防御力を高められるのか。2026年度は、その壮大な構想が「絵に描いた餅」ではなく、実際のインフラとして社会に根を張るための、極めて重要な実行の年となる。
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