GMOとAmazonが見せた「数値管理」の限界 AI時代に生産性を測るほど現場が“ゆがむ”理由久松剛のIT業界裏側レポート

PC操作の打鍵数による監視や、AIの消費量による成果査定など、AI時代の生産性評価は迷走を見せています。数値管理がもたらす限界と現場のゆがみを解き明かし、これからの組織に求められる評価の在り方を示します。

» 2026年08月03日 07時00分 公開
[久松 剛エンジニアリングマネージメント]

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この連載について

DX推進、生成AI技術の進化が加速する今、企業のIT部門は戦略的な役割への変化が求められ、キャリアの転換点に立たされています。この現状を変え、真に企業価値を高める部門となるには新たな戦略が必要です。

本連載では、博士としてインターネット技術を研究し、情シス部長、SRE、エンジニアマネジャーとしてIT組織の最前線を知る久松剛氏が、ニュースの裏事情や真の意図を分析します。一見関係ないニュースもIT部門目線の切り口で深掘りし、IT部門の地位向上とキャリア形成に直結する具体策を提示します。

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 2026年7月、GMOインターネットグループが在宅勤務を完全廃止すると発表し、その理由の一端として「タイピング数の減少」が取り沙汰されました。また、少し前には米Amazonが従業員のAIトークン消費量を追うランキングを取りやめています。監視の物差しをタイピング数に求めるのも、AI活用の熱心さをトークン量で測るのも、突き詰めれば「働きぶりを数字で捉えたい」という共通の動機から生じています。

 しかし、AIが仕事の前提を変えつつある今、その物差しはことごとく手元で崩れていきます。本稿では、再燃する生産性議論を整理しながら、AI時代の生産性が「測れないこと」そのものにこそ本質があるという点を論じます。

再び湧き上がる生産性の議論

 きっかけは複数あります。一つはAI活用のコスト構造の変化です。生成AIやAIコーディングツールの料金体系が定額から従量課金に移り、企業は「どれだけ使ったか」を可視化しやすくなりました。可視化できると、企業はそれを評価に使いたくなります。

 もう一つが冒頭に挙げた2つの出来事です。2026年7月13日、GMOインターネットグループは週1日認めていた在宅勤務の推奨を取りやめ、原則出社へと舵を切りました。

 熊谷正寿会長兼社長はテレワークについて「トータルではマイナス」と述べ、その根拠の一つとしてテレワークでのタイピング数の減少が語られたことが、大きな議論を呼びました。他方、Amazonでは従業員が非公式に作ったAIトークン消費量のランキングが2026年5月下旬に廃止されています。方向は逆でも、いずれも「働きぶりを数値で捉えたい」という発想の表れです。

 費用対効果を語る上で、職種やタスクの中身を踏まえると、生産性を一律に評価することは本来とても難しいものです。それでも数字を求めてしまう。その力学から順に見ていきます。

なぜ今、生産性を測りたくなるのか

 背景には、テレワークを巡る企業側の事情があります。オフィスという大きな固定費が要らないテレワークには、一般論として一定の優位性があります。にもかかわらずフルリモートを廃止する企業が相次ぐのは、その多くの場合、直接的な理由は売上の低迷です。ただし売上の低迷には環境要因や外部要因も絡むため、テレワークと生産性が直結しているとは限らない点には注意が必要です。

 それでも現状を打破しようとしたとき、裁量労働制でない限り、契約は固定時間制です。固定時間制である以上、「サボっていないか」の監視は建前として必要になります。テレワークの話題になると、被雇用者側からは「家事、育児、介護と両立できる」という利点が挙げられます。しかし固定時間制の契約である以上、本来は小まめに休憩時間を打刻しなければなりません。そして現実には打刻しない人が多い。ここに、雇用側が「見えないもの」を数字で埋めたくなる下地があります。

タイピング数は生産性なのか

 GMOの件で象徴的だったのが、タイピング数で生産性を語れるのかという点でした。

 冷静に考えると、この指標はAIとの相性が最悪です。AIネイティブな働き方では、人間が手で打つよりもAIがコードや文章を生成するほうが速い。つまりAIを使いこなすほど、人間のタイピング数はむしろ単純に減っていきます。先進的な人であれば音声入力を駆使しますが、その場合も同じく「打鍵は減った」と計上されるでしょう。「AIで5000万円かかっていた仕事が3万円で済む」と語る一方でキー入力の数を数える──この矛盾こそが、多くの技術者の違和感を集めました。

 ここで論じたいのは、タイピング数という指標の是非という話ではありません。売上や粗利が改善しない中で、それでも全従業員の働きぶりをフラットに監視したいと考えたとき、資産管理システムなどで「PC操作が一切されていない時間」を計測するくらいしか、有効な方法が残っていないという構造そのものです。打鍵数もトークン量も、結局はこの「何かを数えたい」という欲求の代替物にすぎません。

トークン消費量という物差しの崩れ方

 Amazonの事例は、逆方向から同じ限界を示しています。同社では従業員が非公式に「KiroRank」と呼ばれる社内ランキングを作り、AIのトークン消費量を追跡していました。全くAIを使わない人をあぶり出すという意味では、当初は一定の合理性があったといえます。

 しかし弊害はすぐに現れました。順位を上げること自体が目的化し、成果に結び付かないタスクをわざわざAIに投げる、いわゆる「トークンマキシング」が起きたのです。上級副社長のデイブ・トレッドウェル氏は「AIを使うこと自体を目的にAIを使わないでほしい」と述べ、このランキングは2026年5月下旬に廃止されました。

 加えて、料金が従量課金に移行したことで、トークン消費量を無邪気に称賛する構図も成り立たなくなりました。使えば使うほどコストがかさむ以上、消費量の多さは美徳とは限らないからです。タイピング数が「減ると評価されない」問題だとすれば、トークン量は「増やすとゆがむ」問題です。向きは逆でも、単一の数値を評価軸に据えた瞬間に人の行動がゆがむという点は共通しています。

開発者生産性はなぜ腹落ちしないのか

 「では専門家はどう測っているのか」と問われれば、開発者生産性の世界にはFour Keys(4keys)をはじめとする指標や、それらをモニタリングするSaaSが存在します。しかし、これらの数値に本当に腹落ちしている企業は少ないでしょう。

 理由は、市況が刻々と変わる中で「同じ単位の仕事」が存在しないことにあります。比較には前提が要りますが、その前提がそろわないのです。具体的には、タスクの粒度をそろえる作業が必要になるものの、それ自体は事業の本筋ではありません。やっていることが違うのでチーム間の比較は成り立たず、レビュワーに回ると数値上は「生産性が落ちた」ように見えてしまいます。

 つまり定量指標は、大幅にサボっている人をあぶり出したり、新メンバーのオンボーディングが順調かどうかを確認したりする程度には役立っても、個々人の優劣を序列化する用途には耐えません。AIの台頭でコードを書く行為そのものの比重が下がり、設計判断やレビュー、AIへの的確な指示といった「打鍵に現れない仕事」の比重が高まっている今、この乖離(かいり)はいっそう広がっています。観察できる数値と、実際に価値を生んでいる仕事とがますますズレていくのです。

結局は売上・利益が伸びないから測りたくなる

 ここまでの各指標が抱える問題は、実は一段深いところでつながっています。AI導入によって明確に売上が伸び、あるいは利益率が上がっているのであれば、そもそも誰も生産性の測り方など言い出しません。成果が出ているものを、わざわざ打鍵数やトークン量で検算する必要がないからです。

 生産性が話題になるのは、たいてい売上に目立った変化がないときです。変化がないからこそ、正社員の欠員補充採用を止めたり、外注費の削減に踏み切ったりする判断が求められます。その判断を正当化し、あるいは残ったメンバーの働きぶりを管理するために、何か納得のいく数字が欲しくなる。しかしその「腹落ちする値」は、これまで見てきた通りどこにも見当たりません。値が出ないまま監視だけが強まれば、現場は確実にギスギスしていきます。

測れないことを前提に組み立てる

 結論を言えば、AI時代の生産性は「うまく測れないこと」そのものが本質です。タイピング数はAI活用と反比例し、トークン消費量は従量課金と行動のゆがみによって物差しを失い、開発者向けの定量指標は仕事の非均質性の前に序列化には使えません。どれか一つを万能の評価軸に据えようとした瞬間に、人の行動はその軸に最適化されてゆがみます。GMOとAmazonが逆方向から突き当たったのは、同じ壁でした。

 IT部門やエンジニアリング組織のマネジメントについて言えば、取るべき態度は「完璧な生産性指標を探す旅」から降りることだと考えます。定量指標は、著しい逸脱の検知やオンボーディングの立ち上がり確認といった、限定された用途に使うべきものです。それを超えて個人の序列づけや評価に転用しようとすれば、必ず副作用が上回ります。

 そして、生産性の議論が噴き出す局面のほとんどは、本当のところ生産性の問題ではなく、売上や利益という事業成果の問題です。数字が欲しくなったときこそ、測る対象を打鍵やトークンにすり替えていないか。その問い直しが、AIネイティブ時代のマネジメントに求められる最初の一歩ではないでしょうか。

著者プロフィール:久松 剛氏(エンジニアリングマネージメント 社長)

 エンジニアリングマネージメントの社長兼「流しのEM」。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学で大学教員を目指した後、ワーキングプアを経て、ネットマーケティングで情シス部長を担当し上場を経験。その後レバレジーズで開発部長やレバテックの技術顧問を担当後、LIGでフィリピン・ベトナム開発拠点EMやPjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを行う。

 2022年にエンジニアリングマネージメントを設立し、スタートアップやベンチャー、老舗製造業でITエンジニア採用や研修、評価給与制度作成、ブランディングといった組織改善コンサルの他、セミナーなども開催する。

Twitter : @makaibito


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