富士フイルムBIは、専門的な業務知見をSaaSへ組み込み、汎用モデルと独自AIを組み合わせたサービスを展開している。汎用チャットと一線を画す価値を生み出し、市場ニーズに即した機能を迅速に提供するための開発アプローチを紹介する。
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専門知識や人の知見に依存しやすい業務プロセスのSaaS化やAI適用は一筋縄ではいかない。汎用(はんよう)的な生成AIだけでは再現できないドメイン固有の専門性に加え、独自技術との連携や開発プロセスのコントロールなど、実務で成果を出すには多くの課題が存在する。
こうした課題に対し、富士フイルムビジネスイノベーション(富士フイルムBI)はAWSと自社のAI技術を組み合わせた複数のSaaSを展開している。同社は自社の事業ノウハウをAIに落とし込み、汎用モデルと独自AIを並行開発することで、迅速なサービス展開と差別化を進めている。
同社の荻野賢氏(グラフィックコミュニケーション事業本部 DP事業部)は、「AWS Summit Japan」においてプロジェクトの詳細を語った。本稿では同氏の講演を基に、専門知見のプロンプト実装法と、市場ニーズに即したAI機能をタイムリーに立ち上げるための開発アプローチを紹介する。
イメージング、ヘルスケア、エレクトロニクス、ビジネスイノベーションの4分野で事業を展開し、売上高3兆1958億円(2024年度)に上る富士フイルムホールディングス。その中で、ビジネスイノベーション分野(ビジネスソリューション、オフィスソリューション、グラフィックコミュニケーション)を担うのが、富士フイルムBIだ。
同社のグラフィックコミュニケーション事業本部は、AWSを活用した「AI SaaS」として、マーケティング領域向けの「Revoria Cloud Marketing」や、印刷業のSmart Factoryを支援する「Revoria Cloud Production」などを展開している。荻野氏は、AWS活用以前に直面していた課題を次のように明かす。
「従来、マーケティングやSmart Factory領域のコンサル事業はSEの工数に頼るビジネス(人工ビジネス)になりがちで、事業の拡大や海外での人材確保に限界がありました。また、伴走コストの高さからサービスを提供できる顧客が限られる点や、既存データの整備負担も大きな課題でした。こうした壁を打ち破るために取り組んだのが、AWSを活用したSaaS化です」
SaaS商材の開発に当たっては、同社が培ってきた事業ノウハウを最大の強みとした。具体的には、マーケティング領域ではWebサイトのデータ分析やデジタルマーケティング運用に加え、プリンタ事業を通じた「紙」の活用知見を盛り込んだ。Smart Factory領域では、印刷物の製造工程や品質管理、業界特有の専門用語に関するノウハウを生かした。
マーケティング領域向けの「Revoria Cloud Marketing」は、2024年1月に開発に着手。AWSのマネージドサービスを活用することで、わずか半年後の7月にリリースした。
「開発に当たっては、AWSからビジネス・テクニカルの両面で手厚い支援を受けました。自社開発のAIエンジンと『Amazon Bedrock』の生成AI(Claude)を組み合わせることで、従来のSaaSでは難しかった『散在するデータをつなぎ合わせ、具体的な改善策を導き出す』という中核機能を実装できたのです」
同社が受けた支援は多岐にわたる。ビジネス面では、顧客視点で逆算して企画を進める「Working Backwards」の手法や、SaaSの運用体制構築に向けた講義、海外展開を見据えたコンサルティングなどを活用。テクニカル面でも、サービス品質を確保する「Well-Architected Review」、技術的な実現性を検証するプロトタイピング支援、高難度な開発を担う「Professional Service」などをフル活用した。
提供機能は主に「広告出稿の改善」と「Webサイトの改善」に集約される。
広告出稿向けには、生成したペルソナへの疑似アンケートでキャッチコピーを作成する「ペルソナAI」や、媒体ごとの広告予算を最適化するAI、施策管理および効果検証に基づく改善提案機能を実装した。Webサイト改善向けには、「Google Analytics」やMAツールとの連携によるデータ解析をはじめ、課題を可視化する「インサイトレポートAI」や「サイト改善AI」などを備えている。
「これらの機能は、独自アルゴリズムによる自社AI機能2つと、Amazon Bedrockを活用した生成AI機能3つで構成されており、少数精鋭で実装しました。自社AIは広告予算の最適配分や課題点の自動抽出といったコアな解析に、生成AIはペルソナ生成や改善施策の策定、レポート作成などに切り分けて活用しています」
AI実装のポイントとなったのが、上級Web解析士が持つ事業ノウハウをプロンプトに埋め込んだことだ。単にデータを生成AIに読ませるだけでは、それなりの回答しか得られないため、「どのような回答を出させるか」という定義までプロンプトに落とし込まなければいけないという。また、AI開発においては計画づくりが何より重要になると話す。
「企画の要望を愚直に受けてゴールを見失ったり、課題設定がぶれたりすると開発は一気に遅れます。そこで大切なのが『着手する順番』と『並行開発』です。生成AI機能なら2カ月、独自アルゴリズムは1年かかります。アルゴリズム開発だけに固執せず、生成AIと並行して進めることがタイムリーなリリースの鍵となります」
富士フイルムBIでは、広告予算最適化AIやWebサイト改善AIなど、アルゴリズム開発が必要なものについては社内の研究所へ実装を依頼した。そのうちドメイン知識が必要な領域については、研究所と企画チームが連携し、約1年かけて実装を進めた。
また、ペルソナAIをはじめとする生成AIとAWSのサービスを組み合わせる必要のある機能については、「AWS Professional Service」を利用。ドメイン知識を持つ自社チームとAWSの担当チームが組み、約半年かけて実装した。さらに、インサイトレポートAIや施策管理、効果検証といった、生成AIのみで開発できる機能については、アジャイル開発を採用して素早く実装していった(工数:約2カ月)。
「ドメイン知識を持った企画チームと、実装を担う開発チームが一緒になって動いたことが成功のポイントです。実装にまで関わるため企画側の負担は増えますが、『プロダクトを作り上げたい』という強い思いを持っているため、労力を惜しまず参加してくれました。その結果、開発スピードを大幅に上げることができたと考えています」
AI機能のアーキテクチャは、データ処理から可視化までをAWSで完結させる構成だ。まず「Amazon S3」に取り込んだデータを「AWS Glue」でETL処理し、「AWS Lambda」で作成したプロンプトをAmazon Bedrockに投入する。その後、出力結果を再びS3へ集約し、「Amazon QuickSight」でユーザーが閲覧する流れとなっている。
「データを整形してAIに読み込ませ、結果をビジュアライズするシンプルな構成のため、データさえ集まれば実装に多くの手間はかかりません。生成AIでアウトプットを出すだけのサービスであれば容易に構築できます」
実際に同社が生成AIを活用しているのは、「文章による回答」「データの読解や要約」「Web上の最新データ活用」といった、生成AIが得意とする領域だ。さらに「ペルソナの作成」や「厳密な精度よりも仮説出しが重視される業務」「PDCAサイクルを回して改善する業務」への適用も有効だという。
マーケティング領域で得られたこれらの生成AI活用ノウハウは、Smart Factory領域の取り組みにも展開されている。
「従来のSmart Factoryでは機器の自動化が中心でしたが、さらに進化した『AI Factory』の実現には、機器を制御するための上流でのデータ整備が不可欠になります。また、データ整備に加えて、機器を最適に動かすスケジュールの管理にもAIが必要不可欠です。この『上流でのデータ整備』と『スケジューラー』という2つの課題を解決するのが(富士フイルムBIが提供している)『Revoria Cloud Production』です」
Revoria Cloud Productionを利用することで、AIが製造仕様や詳細な工程の作成を代行し、業務プロセスの簡素化と作業時間の短縮を実現する。また、過去の生成結果を蓄積することで、AIが顧客それぞれの業務に最適化された成果物を生成できるようになるという。
「AI Factoryへと進化していくフェーズでも、自社開発の高速AIスケジューラーエンジンと組み合わせることで、受注から製造仕様の策定、計画、生産までの全工程をAIで自動化できます。『自社開発AI』『生成AI』『業務ノウハウ』の3つを掛け合わせることで、無限の可能性を生み出せると確信しています」
最後に荻野氏は「自社のノウハウをデータ化して組み込むことで、一般的な生成AIチャットとは一線を画す価値を提供でき、明確な差別化を図ることができます。重要なのは、AIの特性を理解した上で『ビジネスとして何を作るべきか』を追求することです。SaaSビジネスの本質はどう作るかではなく、何を作るか。そこに自社ならではのノウハウが組み込まれているかどうかが、プロダクトの価値を決定づけます」と語り、講演を締めくくった。
本稿は、Amazon Web Services(AWS)が主催したイベント「AWS Summit Japan 2026」(開催日:2026年6月25〜26日)で富士フイルムBIの荻野賢氏(グラフィックコミュニケーション事業本部 DP事業部)が「富士フイルム BI に学ぶ 生成 AI を矢継ぎ早に爆速リリースする方法」というテーマで講演した内容を編集部で再構成したものだ。
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