SaaS終焉論の標的となったSalesforce。ベニオフCEOは「Dreamforce 2026」の会見で、今もSaaSの世界にいるとしつつ、「サービス」の部分は大きく変わったと述べた。その中身を、4層戦略や課金モデルから見ていく。
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AIの進化によって既存のSaaSが不要になるというSaaS終焉論(SaaSpocalypse)の標的となったSalesforceだが、同社の共同創業者兼CEOのマーク・ベニオフ(Marc Benioff)氏は自社の戦略に自信を見せる。同社は2026年9月15〜17日(現地時間)、米サンフランシスコで開催した年次カンファレンス「Dreamforce 2026」で、AIインタフェース層「AIforce」を発表し、AIエージェント時代に向けた製品・技術ポートフォリオがそろったとしている。
会場でベニオフ氏がプレスカンファレンスを開催し、4層戦略、AnthropicなどAIモデル企業との関係、課金モデル、日本市場の展開など幅広い質問に答えた。
会見の冒頭、ベニオフ氏は今回のDreamforceを「4つのレイヤーがそろった年」と位置付けた。
1つ目は「Data 360」だ。Informaticaの買収を完了したことで、Agent FabricやMuleSoftとの連携を含む新たな機能群が加わったという。2つ目は「Customer 360」で展開するアプリケーションとセマンティック層で、「Headless」(UIを介さずに機能やデータを呼び出せるようにすること)の考え方を導入した。日々使うアプリケーションやアナリティクスそのものがAIにとっての知性の源泉になるという発想で、Salesforceは4月に「Headless 360」として発表した。3つ目は「Agentforce」で、Agent ScriptとAgentforce Voiceが正式版(GA)となり、Agentforceは3万社規模で導入が進んでいるとした。そして4つ目が、前年にはなかった新しいインタフェース層となる「AIforce」だ。
「これまで何度もSalesforceのデモを披露してきたが、今回のデモは全く違って見えたはずだ」とベニオフ氏は述べ、エージェントによってエンタープライズ向けのユーザー体験が根本的に変わりつつあると強調した。「Salesforceは企業向けのユーザー体験を根本から作り変えるほどの価値を、これからも提供し続けることができる」と話す。
Dreamforceのもう一つの目玉となったのは、NVIDIAとの共同開発による推論モデル「Koa」だ。ベニオフ氏の基調講演でNVIDIAのCEO、ジェンスン・フアン(Jensen Huang)氏とともに発表したもので、NVIDIAの「Nemotron」をベースに、27年分のCRMの知見を基に生成した合成データを事後学習(ポストトレーニング)させた「Salesforce初のCRM特化型推論モデル」(ベニオフ氏)だ。顧客データそのものは学習に使わず、案件更新やケースのルーティング、フォローアップの設定といった具体的な業務アクションについて、誤りを抑えて高い精度を出すよう設計されているという。
Salesforceの説明によれば、「複雑な、複数ステップにわたる業務をエージェントが正しく推論し、適切なツールを選んで実行できるようにする」ことがKoaの狙いであり、既に「Slack」の社内エージェントに組み込まれている他、Baxter Credit Union、Engine、Formula 1、UChicago Medicine、Xeroといった企業でパイロット導入が始まっている。
Koaについてベニオフ氏は「選択肢の提供」と説明する。そして、フランスのMistral、日本のSakana AI、カナダのCohereなどを挙げて「(モデルを)1つに絞る必要はない。ローカル(各国・地域)のモデルとも協業していく」と述べた。
Salesforceが打ち出した4層構造について、IDC Japanのシニアリサーチディレクター、眞鍋敬氏は「AI時代に即したアーキテクチャ」と評価する。特に、UIを単に自然言語に置き換えたのではなく、マーケティング・セールス・サービスといった既存の機能群を、Slackなどのヘッドレスなインタフェースからまとめてアクセスできるようにし、なおかつそこから生まれるデータをData 360に統合している点を指摘した。
「SalesforceはCRMベンダーから、AIを活用した一種のプラットフォーマーへと脱皮しようとしているように見える」と分析した。
Salesforceがこのところ強調しているのが、「Salesforceにログインする必要はない」というメッセージだ。SlackやAIエージェントを介することで、ブラウザでログインせずともSalesforceにアクセスできるという意味で、ベニオフ氏も基調講演で「インタフェース革命が起きている」と強調した。
実際に、ベニオフ氏自身の主要なインタフェースも、「数年前からSlackに移行している」という。既存のUIであるLightningは引き続き残り、AIforceは利用環境ごとに異なる形で提供されるという。ベニオフ氏は「『Claude Cowork』のユーザーなら、Claudeforceがある。Slackのユーザーなら、Slackforceがある。Lightningのユーザーなら新しいCoworkerがある。今後は他のインタフェースも出てくるだろう。SDKも提供するので、自身でAIforceアプリケーションを構築することもできる」と説明し、「今年はインタフェースの年になる。間違いない」と言い切った。
なぜ複数のインタフェースを用意するのか。ベニオフ氏によると、それこそが「Slackを買収した理由だ」という。「Slackは、専門知識がないユーザーを含め誰もが参加できるインタフェースを提供する」とベニオフ氏は述べ、「誰でもゼロからCRMを導入できる。そこから必要に応じて使い方を広げていける役割を担う」と続けた。
さらに、自己完結型のエージェントプラットフォームを提供するFin(旧Intercom。2026年6月に買収で合意し、9月に買収を完了)についても、「Salesforceの専門家でなくても、非常に素早く始めて世界水準のエージェント応答を得られるセルフサービス型のエージェントプラットフォーム」と言及し、自社のヘルプサイト(help.salesforce.com)でも既にFinを使っていることを明らかにした。
「われわれの顧客基盤は大企業、中堅企業、中小企業がほぼ3分の1ずつを占める特異な構造」とベニオフ氏は述べ、複数のインタフェースを同時に提供する必要があるのはそのためだと語った。「全方位に対応できるよう取り組んでいるのはわれわれぐらいしかいない」
一方で「Salesforceにログインしなくていい」という言葉には、注意も必要だ。「使っている入り口(サーフェスエリア)が違うだけであって、依然としてSalesforceにログインしていることに変わりない」とConstellation ResearchのVP兼プリンシパルアナリスト、リズ・ミラー(Liz Miller)氏は指摘する。そして、Microsoftが以前とっていたOutlookを入り口にDynamicsに誘導する戦略と「本質的に同じ」との見方を示した。Claudeforceのようなユースケースでは、エージェントに何を見せ、どこまで答えさせるかなどのガバナンスが重要になるとして、「アクセスを与えることと、権限を与えることは全く別の話だ」と指摘した。
この戦略で大きく生きているのがSlackだ。2021年の買収完了当時は買収金額や2社の企業文化の違いなど否定的な見解もあり、その後、共同創業者兼CEOのスチュワート・バターフィールド(Stewart Butterfield)氏をはじめとする幹部の離脱が相次いだ。だが、Salesforceは単なるチャットツールだったSlackを「仕事そのもののためのプラットフォーム、働く場そのもの」へと進化させた、とミラー氏は評価した。
Anthropicとは、Anthropicの製品名を冠したClaudeforceを打ち出し、基調講演ではAnthropicの共同創業者兼CEO、ダリオ・アモデイ(Dario Amodei)氏もゲストとして登場するなど、良好な関係をアピールしている。2026年初めには、AnthropicのAIエージェント「Claude Cowork」とそのプラグインの登場をきっかけに、AIで既存のSaaSを代替できるとの見方が広がり、SaaS終焉論が話題となった。Salesforceは、SaaSを崩壊させると言われたAI企業と自ら手を組み、明確にすみ分けを図った格好だ。
このような提携について、ベニオフ氏は「われわれは10年以上前からAIへの投資を続けてきた。プロンプトエンジニアリングという概念自体、われわれの研究チームが書いた論文から生まれたものだ」と持論を語った。ChatGPTの登場時はOpenAIへの出資を望んだが、「MicrosoftとOpenAIの関係上、投資は認められなかった。そこでわれわれはAnthropic、Mistral、Sakana、Cohereなど、他のモデル企業に近づき、出資関係を結んだ」と経緯を語った。
Anthropicへの「数億ドル規模」の投資は、今では「数十億ドル相当の価値になった」とも述べる。「Anthropicとは素晴らしい関係を築いているが、それ以外のモデル企業とも良好な関係にある。OpenAIとも同じだ」。なお、OpenAIの共同創業者兼CEO、サム・アルトマン(Sam Altman)氏もDreamforceに来場し、ベニオフ氏とのセッションが開かれた。
SaaS終焉論への見解を問われると、ベニオフ氏は「多くの人が(SaaSが不要になるレベルまでAIでコーディングしようと)実際に試みているのを見たことはない」と一蹴した。実際の例として、著名テック系ポッドキャストの司会者の一人が、自身のスタートアップでエンタープライズアプリのバイブコーディングに挑んだという話を紹介した。「エンタープライズシステムを本当に機能させるには、データ構造、アプリケーションの知性とセマンティック層、エージェント層、そして基本的なユーザーインタフェースまで、完全なアーキテクチャを一通りそろえる必要がある」とベニオフ氏。結局うまくいかなかったそうだ。
インタフェースが変わることは、「既存のSaaS業界に何を意味するのか」「Salesforceは今もSaaSといえるのか」とベニオフ氏に聞いてみたところ、「もちろん、現在もSaaSの世界にいる」と即答した。一方で、「(SaaS:ソフトウェア・アズ・ア・サービスの)『サービス』の部分は大きく変わった」と述べた。
SaaS終焉論への反論として同社が示すのが、好調な業績だ。
Salesforceは2026年8月末に発表した2027会計年度第2四半期決算で、売上高は113億ドルで前年同期比11%増、うちサブスクリプション・サポート収入は108億ドル(前年同期比12%増、Informaticaの寄与分4.4億ドルを含む)と報告している。今後の業績を見通す指標であるcRPO(直近の残存履行義務)は335億ドルで前年同期比14%増、非GAAPベースの営業利益率は34.1%に達し、フリーキャッシュフローは11億ドルと前年同期比81%増を記録した。
決算発表の際にベニオフ氏は「AIはプラットフォームのあらゆる層で価値を生み出している。AIとデータ製品への需要は素晴らしく、ARR(年間経常収益)は間もなく40億ドルに達しようとしている」とコメントしている。
なかでも際立つのがAgentforceとData 360の伸びだ。両者を合わせたARRは39億ドル近くに達し、前年同期比で210%を超える増加となった。Agentforce単体のARRも15億ドルを超え、同240%以上の伸びを記録している(第2四半期から、SlackbotとHeadless 360を集計対象に含めている)。エージェントの稼働量を示す「Agentic Work Units」(AWU)は、AgentforceとSlackを合わせて累計70億件に達し、第2四半期単体でも32億件と、前四半期比97%増と急拡大した。Slackについても、Slackbotのユーザーが前四半期比で150%超増加し、買収以来最速のペースで新規年間受注額が伸びているという。
なお、新たな指標として導入したAWUについて、ベニオフ氏は「これは、Agentforceやエージェント機能がプラットフォームでどれだけ使われているかを正確に報告するためのものだ。非常に重要な指標だと思う」と述べる。一方で、これが今後の成果報酬型の課金に結び付くのかという質問に対し、「価格設定そのものは全く別の問題」と回答した。
「世界中を見渡せば、規模の異なるさまざまな顧客が、それぞれ違うタイプの価格設定を求めている。純粋なユーザー課金を望む顧客もいる。予測しやすく理解しやすいからだ。(人間の従業員のように扱う)名前付きエージェント課金を望む顧客もいる。従量課金を望む顧客も、消費量に応じた課金を望む顧客もいる。トランザクションの成果、つまり成果が完了した時点で支払いたいという顧客もいる。そしてビジネスの成果、『これだけ稼がせてくれた、あるいはこれだけ節約させてくれたら、これだけ払う』という顧客もいる」
顧客が自社に最適な課金方法を選べるようにしたことについては「適切な顧客に適切なタイミングで適切な価格を届けるために、われわれは従来の価格表を捨てて全く新しい価格の仕組みを作り上げた。顧客が必要とするものを、そのまま提供している」と述べた。
課金モデルの多様化についてIDC Japanの眞鍋氏は、独自の顧客調査を踏まえてこう分析する。「顧客が今、最も悩んでいるのはセキュリティ・ガバナンスとコストだ。以前は導入コストに対する効果が語られてきたが、実際には運用コストが想定以上にかかることが分かってきている。特にトークンベースの課金だと、エージェントを動かした際にいくらかかるのか予測がつきにくい」と述べた上で、「日本のユーザーは予算取りのしやすさから定額課金を好むという声を聞く」とし、定額制と成果型課金がしばらく併存していくとの見方を示した。
Dreamforceの直前には、Anthropicのアモデイ氏がAI開発の減速を呼び掛ける論考を発表し、OpenAIも同調するなど、大手モデル企業から開発ペースの見直しを求める声が上がっている。
これについてベニオフ氏は「モデル企業は自社内部の状況を最も理解している立場であり、減速か加速かはそれぞれの判断だ。だが、その結果には責任を持つべきだ」と述べる。SNSの歴史を引き合いに出し、次のようにも語った。
「われわれはSNSの時代を生きてきた。振り返れば、もう少しうまく対処できたはずだと誰もが思っているはずだ。SNS企業が自らの行動に責任を持つようになったのは、ごく最近のことだ。多くの人が――特に子どもたちが、SNSによって傷ついた。傷つく必要はなかったはずなのに。SNSはおそらく、AIにとっての『ウォームアップ』に過ぎなかったのだろう。(テック業界の企業は)業界として、経営者として、自らを律し、自分たちの技術が安全であり、人々のためになり、人々を傷つけないようにする責任を持つべきだ」
ベニオフ氏は日本市場についてもコメントした。「日本において、Salesforceはおそらく最大かつ最も重要なエンタープライズソフトウェア企業だ。日本国内に4500人を超える従業員がおり、(皇居の敷地に隣接する本社ビルに触れて)伝統的な丸の内という地区で、日本の人々に温かく迎え入れてもらった。日本には心から感謝している」と述べた。
AIエージェントについて「日本にとっては本当に大きなチャンスだ。日本企業を急速にAI企業へと変革できる力がわれわれにはある。全ての製品は日本語で動くし、Agentforceも日本語に対応している。SalesforceのAI製品を活用して、日本企業は信じられないような成長を見せている」とした。
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