Beyond CMOS――有機分子がシリコンを駆逐する日:日曜日の歴史探検
トランジスタの主流を占めるシリコン系CMOS。このまま高集積化を進めることは困難になりつつあります。半導体業界が1つのコンセプトとして示している「Beyond CMOS」では、シリコンから有機分子に軸足が移っていくかもしれません。
1965年4月、米Electronics Magazine誌に掲載された1つの論文は、当時めざましい発展を遂げてつつあったシリコン半導体を用いるトランジスタの集積について、非常に興味深い内容となっていました。
「集積回路の集積度は1年で倍増し、それに反比例して製造コストは減少する」――Intelの創業者の1人、ゴードン・ムーア氏によって提言されたこの予測は後に「チップに集積されるトランジスタ数は約2年ごとに倍増する」と修正され、いわゆる「ムーアの法則」として、この半世紀近く、半導体業界の精神的支柱として振る舞ってきました。
ムーアの法則は、半導体の微細加工技術の発展を根拠としています。今日、トランジスタの主流はCMOSですが、半導体の集積化が進んだ結果、そのサイズは50ナノメートルを下回るところまでたどり着きました。業界大手のIBMやIntelは22ナノメートル世代のトランジスタの開発を進めているため、今後、さらに小さなサイズのトランジスタも登場するでしょうが、トランジスタのサイズが原子1個オーダーとなれば、それ以上の微細化が望めないことは明白です。
また、それ以前にリソグラフィによる加工が難しくなるなどの経済限界、配線遅延効果や発熱処理のための工学的限界、さらにはソースドレイン電極間やゲート電極絶縁用の酸化物を通るトンネル電流が無視できなくなることによる物理的限界が迫ってくることになります。いずれにせよ、ムーアの法則が今後も続く可能性は極めて低いといってよいでしょう。
Beyond CMOS
このため半導体業界では、シリコン系半導体の開発プロセスを考えるか、もしくはシリコン以外の部材を用いる可能性を模索しています。その方向性は大きく3つに分けられ、まず、引き続き半導体性能の向上を進展、つまり微細化技術の向上を図ろうとする「More Moore」と呼ばれる方向性。SoC(system on a chip)やSiP(system in package)などの言葉で表現されるように、デジタル回路以外に電力制御、MEMS、センサーなどの多機能性を持つ要素を付加しようとする「More than Moore」という方向性。そして、これまでのトランジスタの概念を超えた新しいデバイスを生み出そうとする「Beyond CMOS」という方向性。この3つのコンセプトが示されています。
このうち、Beyond CMOSは動作原理からして従来のトランジスタとは異なるものを志向しているため、異種技術分野間の壁を越えてさまざまな技術が活用される“熱い”展開が期待されます。例えば、材料という視点で有機分子やカーボンナノチューブ、情報処理方式という視点で量子コンピューター、アーキテクチャという視点で強相関電子の相転移などを用いた回路、といったように、最先端技術のオンパレードです。
そんな中で興味深いのは、半導体集積回路に有機分子を用いようとする試みです。有機分子を用いた電子デバイスといえば、有機ELを用いたテレビや照明などが製品化されるまでになりましたが、電子デバイスの本丸といえる半導体集積回路まで有機分子で置き換わるとなればこれは大きな出来事になります。
半導体集積回路に有機分子を用いようとする試みはかなり以前から進められてきましたが、基礎研究もかなりの成果を得て、その実現に向けて進展を見せています。量子ドットを含む単一分子トランジスタも極低温の環境下という制限は付きますが動作が報告されており、Beyond CMOSのコンセプトが具現化しつつあります。解決していくべき課題は山積みですが、化学者たちは腕の見せ所であるといわんばかりに研究開発にいそしんでいます。
実際問題として、シリコンから有機分子に軸足がすぐに移るかといえば、そんなことはないでしょう。現在まで研究が重ねられてきたCMOSの完成度はそれほど高く、しかも今なお極限までそれを高めようとしています。しかし、高集積化の先にはCMOSが頭打ちになる日が必ずやってくるのです。しかもそれは、ここ数年以内に顕在化してくるでしょう。それを見越して準備を進めるのがBeyond CMOSであるともいえます。新しい時代の半導体がどういった姿になるのか、そして、ムーアの法則がどこまで続くのか。これから数年の半導体集積回路は面白くなりそうです。
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