地元を巻き込み市民の心を射止めた、モントリオール交通局のモバイルサービス:これが近未来のOne to Oneマーケティングか?(3/3 ページ)
カナダのモントリオール市内で地下鉄やバスなどを運行する交通局が、市民をターゲットにユニークな取り組みを始めている。現地に飛び、関係各所に話を聞いてきた。
地元の小売店も躍起
現在、提携パートナーは小売店が240、イベント施設が1000程度である。プロモーションチームが市内の大通りに面するショップを訪ねたところ、多くが高い関心を示した。コーヒー豆を販売するCafe Baristaのアレックス・セレノ氏は「レストランやショップなどわれわれ小売店は自分たちの仕事で手一杯。オンラインでマーケティングしたくても、その時間もスキルもないのが現状」と語る。STM Merciはそんな小売店にプラットフォームを提供してくれるという。
中心地から少し離れたところにあるオリンピック公園は、地下鉄を利用して訪問した人にタワー入場料割引というオファーを今年9月より開始した。オリンピック公園の広報担当、ジャスティン・ロード・デュフォー氏によると、1976年のオリンピックでメイン会場となった同施設は年間400万人が訪問する観光スポットであり、市民のシンボル。地下鉄で行くことができる場所にあるが、実のところ訪問者は観光客がほとんどという状況にあった。
そこでSTM Merci上で割引を提供して地元客にアピールすることに。「開始から間もないのでちゃんとした数字はない」というが、効果を感じているという。「通常は観光シーズンの夏が終わると訪問客は減るが、9月は平年を上回る来場があった」とロード・デュフォー氏。
高速バスのOrleans Expressは、STM Merci利用者に乗車券25%割引を提供している。同社の場合、「オファーを受ける」をクリックするとコード生成ではなく、Orlean Expressのサイトに飛び、そこから割引価格で予約できる。交通機関は最もニーズの多いカテゴリであり、交通機関同士が補完し合うことで共通のライバルである自家用車に対抗できるという。
イベントカテゴリのほとんどを担当するのがVitrineだ。モントリオール地区の文化・芸術の推進を目的とした非営利団体で、劇場やイベントのチケット販売も行っている。STM Merciではここでしか得られない割引を提供する必要があるが、Vitrineの呼び掛けにより5カ月間で150以上の会場やイベントから300以上のオファーがあったという。
STM Merciはつい先日、プッシュ通知機能の提供を始めたところだ。Vitrineは、直前に在庫チケットを割引価格で提供するラストミニッツオファーでの利用に期待を寄せる。イベント会場の近くを通る乗客に、当日や週末のコンサートの割引を提供するなども可能だろう。いつもは直帰宅する顧客が“お出掛け”をする――このような行動の変化こそSTMの狙いであり、参加する提携パートナーの狙いでもある。
オファーの開示率は業界平均の倍
パイロット開始から5カ月、結果は良好だ。この間、250万ものオファーが提供された。開示率は4%。これは「One to Oneマーケティングの業界平均の1〜2%を大きく上回る」とブルボニエ氏は胸を張る。このうちコンバージョンレートは27%という。「正しいツールを利用して、適切な顧客に適切なタイミングで適切なオファーをすれば、顧客は受け入れる」(ブルボニエ氏)。1ユーザーあたり週平均6セッションあり、これも予想を上回ったという。
いよいよ10月に本番運用に入った。今後は積極的に宣伝していき、2014年にはアクティブユーザー10万人を目指す。iOSだけだったプラットフォームも、Androidに拡大予定だ。
気になるビジネスモデルだが、(1)パートナーからの収益(2)顧客からの収益が柱だとする。
これまでSTM Merciへの参加は無料だったが、今後はパートナー各社に課金していく。同時に、STMが保持する利用データにパートナーがアクセスできるポータルを作成中で、各社はこれにより自分たちのオファーについてのデータを得られるようになる。パートナーがグループを作り、データを共有しながらどのようなオファーがうまくいくのかなどを学び合ったり、共同オファーを仕掛けるような展開も考えられるという。
2つ目は、STM利用率のアップだ。STMではアプリを経由して、前月の交通チケット購入代金が1カ月の定期券代を上回ったユーザーに、定期券の購入を勧めるなど、コミュニケーションを図る。アプリ上のオファーを利用して出掛けるユーザーも増えるだろう。木曜日に「週末の計画をしてみてはどうか」というプッシュメッセージを送り、外出を促すこともできる。これら2つの柱により、投資は1年で回収できる、とブルボニエ氏は自信を見せる。
今後の展開としては、開始したばかりのプッシュ通知の動向を見るとともに、小売りではなくブランド別でのプロモーションも進める予定だ。STMでは現在、地下鉄での無料WiFiサービス構築を進めており、実現するとSTM Merciの利用にさらに拍車がかかりそうだ。また、クレジットカードの入力によりSTM Merciで乗車券を購入するなどの展開も計画しているという。
「ロイヤリティというとポイントが主流だが、位置情報、リアルタイム、モバイルを活用して世界に先駆けたユニークなサービスになった」とブルボニエ氏は満足顔だ。「顧客、STM、パートナーの3者にとってWin-Win-Winのソリューションになった」と将来に確信を見せた。
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