なぜ、デジタル化が銀行「生き残り競争」の処方箋となるのか?:金融機関のDXはどう進む? ユーザーの期待と変革の現在地
超低金利政策が続く中、銀行の生き残り競争はシビアさを増している。銀行は今後、どのような法人向けサービスを提供すべきか。筆者は生き残りを図るためにはデジタル技術の活用が不可欠だと提言する。銀行のデジタル化の課題と“処方箋”を見ていこう。
さまざまな業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進み、銀行や証券会社などの金融機関にもDXの波が来ています。本連載では金融機関のDXについて個人向けサービス、法人向けサービスの双方から考えたいと思います。
第1〜2回は金融機関の個人向けサービスを対象とした調査結果を紹介しました。第3回となる本稿は、金融機関の法人向けサービスのデジタル化について、その課題を明らかにするとともに“処方箋”をご提案したいと思います。
なぜ今後、法人向けサービスでデジタル化が「急速に」進むのか
個人向けサービスと法人向けサービスでは利用しているシステムが異なる場合もあります。現状では法人向けサービスは、個人向けサービスに比べてデジタル化が進んでいない傾向にありますが、筆者は今後、デジタル化が急速に進むと考えています。
そもそも、なぜ法人向けサービスは個人向けサービスに比べてデジタル化が進んでいないのでしょうか。筆者は4つの要因があると考えています。
- 金融機関のシステムは規模が大きい。検討に1〜2年、導入に1〜2年かかる
- 本人性を証明する規定に関して欧米には「eシール」(Electronic seal)(後述)という仕組みがある。日本では同様の仕組み導入されていないため、必要書類の提出と押印が求められている
- お金を扱うため、システム構築に慎重さを求められる。利用者である企業などのセキュリティへの懸念も大きい
- 金融商品取引法で定められている詳細な事務規定(後述)
eシールと事務規定については追って詳しく説明します。
では、日本の金融機関がこれらの事情を抱えているにもかかわらず、なぜ急速にデジタル化が進むと考えるのか。大きく2つの理由があります。
- 電子契約や電子サインの普及:ここ2〜3年で法人案件で電子契約が進み、電子サインを使った契約締結も増えている
- デジタル化を進めるための体制整備が進みつつある:金融機関の内部でデジタル化の推進の必要性が認識され、“専門部隊”を設けるケースもある
これらを踏まえて、今、銀行をはじめとする金融機関でどのようにデジタル化が進んでいるのか、デジタル化をさらに進めるためには何が必要なのか。具体的に見ていきましょう。
法人向けサービスの場合、法人企業が口座を開設している銀行の支店が窓口担当となります。企業は設備投資や運転資金が必要になったときに、支店の担当者に融資を相談します。法人向け融資の多くが「事業性融資」と呼ばれます。事業性融資は決算書だけでなく、事業計画書や創業計画書から事業内容や将来性を総合的に考慮して融資を審査します。事業性融資とはいくら貸し付けを行うか、審査をどうするか、担保は何かなど企業の実情に合わせたオーダーメイドに近い金融商品です。
以前はどの地域にも支店があったため、対面での融資相談が一般的でした。しかし、最近は支店が減っているため、特に中小企業の顧客に対してオンラインで融資相談、審査を実施するケースが増えています。
現在複数の銀行で、企業顧客ごとに専用ページを用意しています。銀行の法人口座向けポータルサイトにログインした後、専用ページから相談予約などができます。顧客接点のデジタル化はこのように検討が進んでいます。
今後は、融資相談や事業計画書のやりとりもオンラインで完結するようになるでしょう。コロナ禍でオンライン会議ツールが普及し、利用のハードルは下がりました。融資までの期間短縮の点でもオンライン会議ツールにはメリットがあります。
必要な書類を提出し、審査を通過した後は融資契約の手続きに入ります。近年は、「Adobe Acrobat Sign」などの電子サインサービスを利用した電子契約が行われるケースもあります。電子契約は作成した契約書をクラウドシステムに格納し、そのリンクを電子メールで送信し、本人性を確認します。その後、契約書に電子サインすれば契約完了です。契約書のファイルの作成者やファイルへのアクセス履歴、電子サインを行った人物、承認した人物などは全て記録され、改ざんの検知などにも対応しています。
電子契約では、本人確認の程度や安全性をさらに高めるために電子署名(デジタル署名)を使うケースもあります。一般的に電子署名には認証局が発行した電子証明書を用います。電子証明書は、本人確認の上発行されるため「なりすまし」がしづらいのです。電子契約の際に、契約書である電子ファイルに電子証明書を加えて計算処理し、「ハッシュ値」と呼ばれるユニークな値を生成し、契約者双方が同じハッシュ値を持つことで取り交わした文書データに改ざんがないことを保証しています。ただし、電子証明書は安全性の度合いは高いものの、発行する手間や費用がかかるデメリットもあります。
欧米諸国では、eシールが広まりつつあります。電子証明書による電子署名が個人を特定するための実印に相当するのに対し、eシールは、契約書や請求書などの電子文書について発行元の組織を示す、企業における社判に当たるもので、文書に改ざんがないことを確認できる仕組みです。日本ではまだ検討段階ですが、今後実用化されれば電子契約の普及を後押しするでしょう。実用化に向けては企業や担当者への啓発、セキュリティへの不安を払拭(ふっしょく)するための活動も必要だと思います。
一部で進まない金融機関内のペーパーレス化
銀行をはじめとする金融機関には契約以外にもデジタル化が進まない領域があります。金融機関には、金融商品取引法によって、さまざまな事務規定があります。高齢顧客に対して国債や安定的な投資信託、上場株式など以外の「勧誘留意商品」を販売する場合は勧誘の都度、役席者の事前承認を得る必要があります。業務や顧客、条件などによって細かくルールが決められているのです。
事務規定はドキュメントとして保存されていますが、銀行によってはいまだに紙で管理、保管されているケースもあります。事務規定はしばしば改定されるので、改定のたびに書類の一部を差し替えて運用しているわけです。
銀行には短い期間で配置を変える人事異動制度があります。不正防止のために行員と顧客との属人的な関係が構築されることを防ぐためのコンプライアンス強化の一環ですが、ノウハウが蓄積されにくいという弊害もあります。業務マニュアルのアップデートが追い付かず、ローテーションのないパート行員の方が正規の行員よりも支店の事情に詳しいことも多くあります。
銀行内の文書のデジタル化は進みつつありますが、まだ遅れている部分があります。業務の円滑化のためにも、早急な対策が求められます。
金融業界のDX推進のために
日本の金融業界におけるデジタル化は、システム構築などに膨大な時間や費用がかかることから、なかなか進んでいない側面があります。一方で、第1回でも紹介したようにソニー銀行が個人の住宅ローン契約を電子化するなど新しい動きも出ています。
銀行の支店の統廃合が進む中で、残された支店がどのようなサービスを提供していくのかも今後、注目されます。簡単な手続きや相談がオンライン化される中、地域に根ざしたサービスや銀行独自のサービスなど「窓口を楽しい場所にするようなサービス」が生まれるのではないかと筆者は期待しています。
DXの観点からは、顧客に「新しい価値」を提供するために収集したデータの活用についてアイデアが求められます。顧客の銀行の利用状況やクレジットカードの支払い情報から消費傾向を明らかにし、資産を増やすためのファイナンシャルプランニングを提供したり、AI(人工知能)で金融商品を提案したりするなど、さまざまな可能性があります。
法人向けサービスについては、AIを利用して事業性融資の審査をより迅速に処理することが考えられます。現状では、担当者の裁量や顧客との信頼関係などによって融資条件が変動することがあります。筆者は融資がより公正かつ効率的に実施できれば、業務効率の向上や利用者の利便性向上だけでなく経済の活性化にもつながると考えています。
こうした金融機関のデジタル化、DXをどの部門が進めていくべきかは悩ましい課題です。業務部門が進めたいと考えてもIT部門が消極的になってしまうこともあれば、逆のパターンもあります。筆者はDX推進部門をこれまでの業務組織とは分けて設立することが理想的だと考えています。DX推進部門にIT部門と業務部門のメンバーを入れ、双方の視点から推進することで、他部門が追従してDXに取り組み始めることもあります。
統廃合によって日本の銀行は数十年前に比べて大幅に減少しましたが、それでも地方銀行などを含めれば他国に比べて数が多い状態です。ネット専業銀行など他産業から参入した新勢力が新規のサービスに取り組んでいます。今後、さらに統廃合が進むことも考えられる中、銀行は生き残りのために先陣を切ってデジタル化、DXを推進していかざるを得ないでしょう。
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