ポリフォニーを再解釈する現代ハイレゾ技術――「Auro-3D」でバッハは現代に蘇る!?:麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/3 ページ)
「Dolby Atmos」「DTS:X」といったオブジェクト型音響技術が話題になっているが、AV評論家の麻倉怜士氏は「Auro-3D」(オーロ3D)という第3の方式が音楽表現の新境地を拓くと指摘する。斬新なサラウンド表現で有名なレーベル「UNAMAS」(ウナマス)の新録音源を例に詳細を聞いた。
おまけ:本物のガムランから知る、DSD 11.2MHzの優秀さ
麻倉氏:実は6月末にバリ島へ行ってきたのです。
――お忙しいですから、たまにはリゾートで羽を伸ばす時間も必要ですよね。
麻倉氏:いえいえ、バカンスではなくバリ島の民族音楽「ガムラン」を聴きに行ったんです。ガムランの研究で有名な、芸能山城組の山城祥二先生(大橋力先生)がバリ島に所有するお宅へおじゃまし、数あるガムラングループの中で最高峰と言われる「ヤマサリ」の演奏を聴いてきました。
――オーディオ界隈でガムランというと、DSDの鮮烈な録音が話題になりました
麻倉氏:DSDの音源もヤマサリの演奏で、これはDSD 11.2MHz音源の凄さを喧伝する重要な作品です。イベントなどで私も使用するのですが、常々聞いていると「バリ島の現地で聴く本物」が気になってきまして。ということで、実際に行って聴いてきたというわけです。
――なるほど、それでわざわざ本場へ出向いて「現物を確かめた」ということですね
麻倉氏:先生宅の庭には芝生が敷いてあり、そこでいつでもガムランを演奏できるように、一段高いステージが設置されています。ガムランの特徴として演奏に舞踊が加わるのですが、舞踊が入る前から左右に楽団がセッティングしてあります。後方は石の垣根で、中央には舞踊が入場する石造りの扉がセットされています。サイドに木が生えていて、自然の反射板のようなしつらえがしてあります。
――長年研究されているだけあって、別荘のレベルを超えた本格設備が常設してあるのですね
麻倉氏:ガムランは打楽器オーケストラなので、打楽器で旋律を弾いてリズムを取ります。形も音色もさまざまな楽器がありますが、音的には立ち上がりが鮮烈で、非常に速い過渡特性を持ち、クリアで硬質な音です。でもハイパーソニックがふんだんに出ているので、決してうるさい感じではなく、気持ちの良い音です。
何よりも驚いたのは、演奏がすごく速いことです。とにかくテクニックがものすごくて、基本的には16ビートですが、16分音符が初めから終わりまでずっと出ているのです。西洋音楽ではじめから最後まで16分音符を弾き続ける曲なんてないですよね、でもガムランでは、あるフレーズの中でこれが鳴りっぱなしなんです。
――確かに、ガムランは延々音が鳴り続けている印象があります
麻倉氏:これと同レベルの猛烈な連打が出来るピアニストとしては、旧ソ連の名手スヴャトスラフ・リヒテルの名前があがります。ショパン・エチュードで秒間14連打という演奏がありました。
ですがガムランは秒間12打鍵を延々と続けます。いかなリヒテルといえど、連打を延々と続ける訳ではありません。
――それはもはや人間技ではないですね。どうすればそんな猛烈な演奏ができるんでしょう?
麻倉氏:この秘密は2人で演奏することです。ガムランでは表拍を「ポロス」裏拍を「サンシ」といいます。、表が8分音符分を伸ばすと、裏が16分音符で表の8分音符の後半、16分音符の部分を叩きます。このような仕組みを連続して行うことで、切れ目ない連符が出てくるのです。これは訓練で習得できるので、つまりリヒテルのようなスーパースターが不要なわけですね。
――なるほど、互いに上手く休みながら連弾することで、切れ目をつくらないということですね
麻倉氏:これは村落共同体の中で重要な役割を音楽が果たしているということの現れです。神様に祈るための音楽であるガムランは、バリ島では各村にそれぞれ楽団があるそうです。楽団は全部で数百にもなり、その最高峰がヤマサリというわけです。ヤマサリは、ガムラン界の”ベルリン・フィル”なのですね。
――生活に密着した音楽なのですね。民族社会を形成するための音楽というところに、文化の原点を感じます
麻倉氏:先ほどの重奏はガンサという楽器で、実はすごい秘密が隠れています。ユニゾンすると、そこであえて8hzくらいデチューンしてあり、この部分で意図的にうねりを出しているのです。シャキッとした空間を引き裂くような鋭い切れ味と、ユニゾン時のうねりが同時に出てくる。これが空間をうねらせて、空気の中に波があるようにやって来ます。このうねりが快感のハイパーソニックを豊富に含んでいて、耳の、体の、脳の快感となるのです。音的にはパルシブな音が連続していますが、悪い意味でのうるささや鋭さは全然なくて、心地の良い音のマッシブな流れが来ます。
――オーケストラや吹奏楽では1,2Hzのズレがとても不快ですよね? 8Hzも音がずれていると、非常に耳につきそうな気がしますが……。
麻倉氏:確かに、チューニングのように音を奏しながら伸ばし続けていると耳障りですが、ガンサの場合は音が長くなる場合も、響きですから、むしろとても快感に覚えるのです。
このような生のガムランを聞くと、DSD 11.2MHzの生々しい再現力というものが、ヤマサリの名演奏をスピーカーを通して感じますね。比較してみるとPCMは場面描写的に優れ、いってみると写真的です。それに対してDSDは絵画的な印象を受けます。感情は絵画にしてみると解るわけで、絵画的なDSD 11.2MHzだからこそ、スピリットがこもった音が聴けるのですね。
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