年間4冊の本を出版し、月に10本ほどの連載を抱えるジャーナリスト、佐々木俊尚さん。著書「グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する」や「ヒルズな人たち―IT業界ビックリ紳士録」などヒット作を世に送り出すその戦略とは――。
普段は温和な佐々木さんだが、時折鋭い目つきをすることがある。元々毎日新聞の事件記者だったと聞くと「なるほど」と納得してしまう。新聞社を辞めたのは脳腫瘍を患ったことだ。夜回りなどをして特ダネを追いかけることに疲れ、1999年10月にコンピュータ系出版社のアスキーに転職した。学生時代からパソコン通信が趣味だったこともあり、コンピュータに特化した専門情報を伝える“オタクメディア”に違和感はなかった。しかし、PCに特化した記事だけでなく、インターネットと社会との接点に興味を持つ。フリーランスのジャーナリストへと転身し、独自の視点から情報を発信し続けている。インタビュー中、何度も「そこは戦略です」とクールに笑う佐々木さんの“打ち明け話”を公開しよう。
転職したアスキーでは、雑誌「月刊アスキー」を担当したが、2002年のリニューアルに伴い担当を外れた。Web媒体の「ASCII24」に異動してからは、署名記事を書くことが増えた。雑誌の編集者は黒子的な存在で、署名記事を書いても読者の印象には残らない。一方、Web媒体の署名記事は存在感をアピールでき、知名度が上がる。徐々に知り合いもできる。そのお陰で、フリーランスになっても何とか暮らせるだろうと目論見ができた。実はネット媒体は、他の媒体に比べて原稿料が必ずしも高いとはいえない。しかし、読者数が多いためパブリシティの効果は高い。
「金にはならないけど、ネットで見たと雑誌からの依頼も来る。パブリシティのメディアであると割り切って、Web媒体も結構積極的にやりますよ。ただしそこで書いた原稿やそこで得た知見、取材内容は再利用するんです」
どこかの会社に所属しているのか、フリーランスなのかという点では、仕事の仕方に違いはない。フリーランスの最大のメリットは、切り口を変えて記事を書けることだ。経済系の雑誌で中高年の男性向けに延々と書くのはつらい。かと言ってIT業界の人しか読んでいないネット媒体ばかりで書くというのも物足りなく感じる。「いろいろな世代向けの記事を書けるというのは楽しい」
最近、「日経PC21」というPC雑誌に「ネット消費者新時代」という連載を始めた。Web2.0によって消費者がどう変わるかという内容だ。例えば、これまでは買う側と売る側で分離していた消費者とマーケッターの境目があいまいになりつつある新しい状況などをルポルタージュ。この連載も最終的には書籍化をにらんでいる。
「世の中の動きの方が激しいので、それを追いかけているだけ」。今のところは追いかけるフィールドは2つと決めている。1つはアスキーを辞めてまで書きたいと思った社会系。インターネットの普及によって社会にどのような影響を与えているのか。ネットと社会の接点を探るのだ。もう1つはビジネス系。IT関連のビジネスが今後どうなっていくのか――である。
先見の目があると密かに自負している。誰もまだ検索エンジンに注目していなかった頃に、SEO(検索エンジン最適化)を月刊アスキーで取り上げた。「検索エンジンはすごい」と書いたりもした。Googleが面白いと言われ始めると「いや、実はGoogleは危険なのだ。既存のビジネスとそれを支えた価値観が次々と『破壊』されている」。Googleが大騒ぎになると「Googleの次はもう始まっている。mixiなどの『ソーシャル』がキーワードだ」と書いた。1歩先がどうなるかをある程度押さえていくという仕事が重要。「そこは皮膚感覚ですよね」と笑うが、普段からの情報収集や取材がものを言うのだ。
ライターと一口にいっても幅広い。他のライターと代替可能と編集者に思われないために、自分の価値を高めておくのも戦略の1つ。自分のプレゼンスも考慮した上で、独自のテーマを選ぶ。ネットに関することを記事にするといっても、テーマは幅広い。その中で最もニーズがあるのは何か――。佐々木さんは、現状をマトリックスに置換えてみる。実際にノートに描くわけではなく、常に頭の中に描く。マトリックスに当てはめて、ニーズがどこにあるかを考えていく作業を頭の中で常にしているのだ。
「例えばコンピュータの世界でいうと」と描いてくれたのがこの図である。この図でいうと、ポータルは団塊シニア世代が最も求めている。動画は10代と団塊シニア世代のユーザーが多い。「mixi」に代表されるネット上でネットワークを構築できるソーシャル系は10代から30代から圧倒的に支持されていて、団塊シニアは今後利用者が増えてくる可能性もある。このように見ていくと、世代的に団塊シニア層のWeb2.0は可能性があるのではないかと考えられる。どの世代にニーズがあって次に何が起こるか徐々にわかってくる。
テーマが決まったら取材をするが、闇雲な取材はしない。取材した人や企業を何のために登場させたのかというストーリーがきちんとできていることが重要なのだ。「こんな人もいました、あんな人もいました、いっぱいネットのすごい人を紹介しましたみたいな、単に事実を羅列しただけの本はいっぱいあるじゃない。ああいうのは書きたくないんです」
日経BPネットマーケティングで連載中の「TV2.0への道のり」を書いた時はどうだったのか。テレビの変化をマトリックスに並べると、TBSと楽天の問題などビジネスの世界の切り口がある一方、技術的な話題では地上デジタル放送の問題もある。インターネットを見てみれば、YouTubeなどの動画共有サービスやそれらに関係して著作権の問題が存在する。その中で、ベースの知識が乏しい地デジをゼロからやるのは大変そうだと外し、経営統合の話は、若い読者層に合わないと判断。最終的に残ったのがYouTubeだったわけだ。YouTubeとテレビが重なっている部分を団塊ジュニア向けに意味を提示することにしたのだという。
YouTubeをテーマにすると決めたら、YouTubeが意味することは何なのかと更に思考を深めていく。現状を見ると、YouTubeの動画コンテンツはオープンである。それは動画コンテンツの流動化を招くはずと分析する。テレビ番組を完全に流動化するには、検索可能になる必要がある。動画をそのまま検索可能にする研究をしている会社があるのかどうか。タグを付けて検索することも考えられる。従って、テレビ番組のタグをつけている会社にも取材に行く必要があると考えるわけだ。
ソニーの「ロケーションフリー」も取材した。「ロケーションフリー」とは、普段は自宅のテレビで見ている番組をネットを通じてどこでも見られる専用機のこと。時間に拘束されることなくテレビ番組を楽しめる「タイムシフト」は、家庭用のビデオデッキの登場で実現した。ロケフリで場所に制限されない「プレイスシフト」が実現するのである。
そうした事前調査の結果、距離をシフトするプレイスシフトもコンテンツの流動化だと分かった。テレビコンテンツ、動画コンテンツの「流動化」が軸として見えてくる。そうすると、動画コンテンツの流動化にどんな障害があるのか、どんな将来像を見ているのかなどを関係者に会って話を聞いていく。そういう作業をして原稿を作っていくのである。
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