820SH/821SHが意味するものとは――ソフトバンクモバイルの冬モデル 神尾寿の時事日想:

» 2007年10月24日 12時14分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 「安かろう、悪かろうでは意味がない」――10月22日、都内で開かれたソフトバンクモバイル冬モデル発表会。質疑応答で、同社社長の孫正義氏はそう強調した。

 同社の今年冬商戦におけるテーマは、「プレミアム」。上質さや高級さを打ち出し、端末ラインアップも質感の高いものが出そろった(10月22日の記事参照)。ホワイトプランによる割安感や、カラーバリエーションやスリム端末でトレンド感を打ち出していた今年前半のソフトバンクとは、明らかに異なる路線だ。

 「ソフトバンクは当初から上質感やかっこよさをアピールしたかった。だからCMキャラクターでも(セレブなイメージのある)ブラッド・ピットやキャメロン・ディアスを起用してきた。安いというイメージが欲しかったわけではない。良質な端末やサービスがリーズナブルな価格で手に入る。そこを狙ってきた。しかし、端末開発には1年かかる。今回のラインアップで“プレミアム”をテーマにしたのは、ようやくソフトバンクらしい上質感のある端末を作れるようになったということ。今後は割安な料金とプレミアム感を両立させたい」(孫氏)

「主役は820SH/821SH」が意味するもの

 今回の発表会は、今後のソフトバンクモバイルの姿勢を如実に表していた。“第4世代アクオスケータイ”のハイエンドモデルである「920SH」、個性豊かなキャラクターケータイ路線に、抜群の派手さをほこる「913SH G TYPE-CHAR(シャア専用ケータイ)」など、注目を集め、話題になりやすいモデルがいくつもあったにも関わらず、孫氏が「とっておきのモデル」と特別扱いで紹介したのは、オーソドックスな折りたたみ端末「820SH」「821SH」であった。

 820SH/821SHは、形状でいえば今年のトレンドであったスリムタイプの折りたたみ端末だ。同様のフォルムは、ドコモが70x iμでシリーズ化しており、KDDI(au)も今年冬商戦モデルに薄型モデルの「W55T」をラインアップしている。“薄さ”という見方をすれば、821SHが12.9mm、820SHは13.4mm、同じ冬商戦で戦うauのW55Tは13.1mm(最薄部9.9mm)である。

 だが、820SH/821SHがこれまでの「スリムモデル」と大きく異なるのは、“薄さ”だけが重視されるニッチマーケットを狙っているわけではないことだ。メインディスプレイに2.6インチのワイドQVGAを搭載し、ワンセグ、おサイフケータイ、HSDPA、Bluetoothに対応している。ステンレス素材を使い、フラットさを出した外観は“THE PREMIUM”の名称に恥じないものだ。820SH/821SHは何物も薄さの犠牲としておらず、スリムモデルながら、多くの人に受け入れられる仕上がりになっている。THE PREMIUMであると同時に、“THE STANDARD”でもあるのだ。auのW55Tや、ドコモのiμシリーズのコンセプトとは別物と言っていいだろう。

ドコモやauの持つ1台目市場に斬りこむために必要なこと

 ソフトバンクが今回、進化版アクオスケータイなど“分かりやすいハイエンド機”や、シェア専用ケータイのように話題性のあるモデルではなく、この820SH/821SHをラインアップの主役に位置付けたところに、同社の自信と野心が現れている。ソフトバンクはこれまでホワイトプランの割安感やお得感、アクオスケータイなど先進的なモデル、PANTONEケータイなどファッショナブルな端末がトレンド感を創出し、若年層や女性、アーリーアダプター(高感度)層からの支持が高くなってきていた。また、新規市場である2台目需要もしっかり確保し、それも最近の純増数の伸びを下支えしている。いわば、携帯電話市場の“外堀”に橋頭堡を築いてきたのだ。

 しかし、ここから先は、多くの一般ユーザーが作る既存市場に斬り込む。2台目需要はもちろんだが、ドコモがauが持つ「1台目市場」も積極的に切り崩しに入らねばならない。その意志の強い現れが、“高級なスタンダードモデル”として高い完成度となった820SH/821SHなのだ。また、サービス面でも、今回はYahoo! の新たな検索サービス対応やWindows Media Audio採用による音楽配信サービス対応強化など、ベーシックな機能に注力し、魅力の底上げを図っている。

 振り返れば、auに勢いがあった頃も、ハイエンドモデルやau design projectで先進的な取り組みをしつつ、大きく魅力の底上げが行われたのは標準的なモデルだった。そう考えると、今冬、ソフトバンクが820SH/821SHを「ラインアップの主役」と位置づけ、孫氏が自ら特別扱いで紹介したのは象徴的だ。

 ソフトバンクはケータイ市場の中心に本格攻勢をかける。ドコモとauがソフトバンクから受けるプレッシャーは、今年前半とは質の異なるものになるだろう。

 未だ未発表のドコモの冬商戦向けラインアップが、ソフトバンクに対抗しうる内容になっているか。引き続き注目である。

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