電気自動車と馬車しか走れない――ある観光都市の交通政策松田雅央の時事日想(2/3 ページ)

» 2010年02月03日 08時00分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

EVは町工場製

 さて、ツェルマットを走るEVには外観の共通点がある。シンプルな小型車が多く、平面と直線で構成されている車体はかなり角ばった印象だ。通常、大手メーカーが製造するエンジン自動車は曲線の組み合わせによって美しいボディーラインを作るので、それとは対照的なデザインである。

 そう言えば昔テレビで観たアニメ「サンダーバード」に登場するクルマが、ちょうどツェルマットを走るEVのような形をしていたように思う。「レトロなSFに出てくるクルマ」とでも表現できそうな前衛的デザインである。

ツェルマット駅前で客を待つEVタクシーや、ホテルの送迎用EV(左)、配送用EV(右)

 ツェルマットのEVがこのような形となるのには理由がある。地元の町工場が手作業で製造しているため、複雑な形状の車体を作るのが困難なのだ。作ろうと思えば作れないことはないはずだが、そうするとただでさえ高い価格(1台300万円程度)がさらに高くなってしまう。(そういったわけで「前衛的」という印象は筆者の勝手な思い込みである)

 EVを製造する町工場は3つほどあるそうだ。シャシーは専門メーカーの製品を取り寄せ、モーターやバッテリー、制御装置、運転装置も市販の製品を利用する。早い話が組み立て工場であり、数人の従業員がいれば事業として成り立つ。もちろん、それぞれの町工場がノウハウを持っており、特に制御システムに独自の技術が必要という。

 これまでの自動車は何万人という従業員を抱えた巨大工場で製造されるものだったが、小さな町工場でも作れてしまうのがEVだ。自動車コンツェルンにとっては都合の悪い話かもしれないが、EV製造は地場産業として育成できる可能性がある。

 もちろん大手メーカーがEVの大量生産を始めれば小さな町工場の存続は脅かされるが、今のところ競合相手はいない。ツェルマットの厳しい自然条件が地元の町工場の味方をしているのだ。ツェルマットは標高1600メートルの高地にあり、冬の寒さが厳しく雪も多い。これだけ過酷な条件に耐え得るEVを製造できるメーカーはまだ存在しない。

EVを製造する町工場。ここでは従業員4名で年間12台ほど製造している

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