「一切ない」から「ご賢察ください」まで、プレスリリースの名・迷コメント相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年04月01日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥会津三泣き 因習の殺意』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 佐渡・酒田殺人航路』(双葉社)、『完黙 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥津軽編』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者 宮沢賢一郎 誤認』(双葉文庫)、『誤認 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。


 本稿読者の大半が日々の新聞やニュースサイトなどを通じて個別企業に関するニュースに接しているはず。企業に対するネガティブな記事、あるいは合併・買収(M&A)などの重大情報が流れた際、当事者となった企業自身がプレスリリースを発表するケースが多々ある。 ただ、企業が発するコメントには、一般読者、あるいはネット取引を利用する一般投資家には分かりにくいものが多いのが実状だ。今回の時事日想は、プレスリリースにみるコメントのあれこれに触れてみたい。

否定の最上級

 新聞や通信社、テレビによる独自ネタが掲載された際、東証やジャスダックなどに上場している日本企業の多くはコメントを発表する。第三者割当増資や他社との合併・統合など、報道された内容が当該企業の資本構成の大幅な変更に関わる問題だった場合、企業の広報担当者はこれに素早く反応し、コメントを記者クラブや自社のWebサイトを通じて発表する、という段取りだ。

 また、報道自体が企業の存続の可否に関わり、株価に重大な影響が生じる可能性があるような場合は、取引所側から企業に対してコメントを発表するよう促す。この間、当該企業の株式は売買停止措置を受け、企業側のコメント発表までは取引が再開されない仕組みとなっている。

 筆者が最近チェックしている限り、このようなケースで多いコメントが『現時点で決まっていることはない』というもの。

 「なんだ、記事はウソで、本当に決まったことはない」と素直に受け止める読者もいるはず。だが、「現時点で」という文言があることに注目してほしい。この定型コメントの背後には、「臨時取締役会」など、会社の機関決定が済んでいないという意味合いがある。また、特定のマスコミ(例えば経済情報に長けた新聞社など)に対し、あらかじめ記事の内容を伝えるリークをしておいて、便宜上リリースを出すケースも多い。

 また『憶測にはコメントできない』との文言も最近のトレンドだ。このようなコメントが出てくるのは、企業が他社との間で提携を検討したり、新商品の投入が間近に迫ったタイミングで記者にネタを抜かれたような場合だ。提携交渉がまだ完全に煮詰まっていなかったり、契約まであと1〜2日というような場合に多用される。記者も必死で取材しているケースが多く、大半は記事のトーンに沿った形で企業の側から正式に発表があるとみて良い。

 一方、筆者が現役記者時代に仰天した強烈なコメントが、『そのような事実は一切ない』という極めて強い文言だった。これは某大手銀行が大手新聞の報道に際して発表したもので、当時「否定コメントの最上級」(関係筋)とされた。このコメントを使い始めた大手銀行は“豪腕バンカー”がトップを務めていたため、「新聞報道に激怒し、二度とうかつな記事を書かせぬようにとの狙いがあった」(別の銀行関係者)という。以降、「一切ない」というフレーズが使われる際は、「誤報」的な扱いがメディア関係者内で常識となった。同時に、企業側がこの文言を用いる際は、メディア側に対して法的措置も辞さない覚悟を持っているときに使われるケースが増加したのだ。

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