「クルマを走らせる楽しさ」へのこだわり――マツダ・アイドリングストップ開発の哲学i-stopを開発したエンジニアに聞く(2/2 ページ)

» 2010年06月29日 08時00分 公開
[岡田大助,Business Media 誠]
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0.35秒を実現せずにアイドリングストップは普及しない

 「実は、アイドリングストップ自体は目新しい技術ではありません。すでに欧州では一般的なもので、例えば、欧州仕様のBMW3シリーズ、5シリーズなどでは標準装備になっています」(猿渡氏)

マツダ アクセラ マツダ アクセラスポーツ(出典:マツダ)

 いまでこそ、ハイブリッド車の普及によって国内でもアイドリングストップ機能付き車両が増加している。欧州では古くから普及しているのに、国内では普及しなかった理由。それは、トランスミッションの違いが大きい。

 欧州ではマニュアルトランスミッション(MT)車が一般的だ。MT車の場合、走り出すまでに、クラッチを切り、シフトレバーを1速に入れ、クラッチをつなぐという作業が発生する。ところが、国内で主流となったオートマチックトランスミッション(AT/CVT)車の場合、ブレーキを緩めるとすぐにアクセルを踏む人が多い。中にはレーサーのように右足アクセル、左足ブレーキで走らせる人もいるという。

 「スターターモーターのみを使う従来の始動方法では、AT車の発進に必要充分な素早いエンジン再始動を得ることができません。例えば、BMWでは0.5秒程度、一般的なアイドリングストップ車では0.7秒程度かかります。分析の結果、エンジン再始動を0.4秒以下にすると、AT車のドライバーが違和感を抱かないことを突き止めました」(猿渡氏)

 最終的に、i-stopは0.35秒でのエンジン再始動に成功した。直噴エンジンであれば、エンジンが止まっていても燃焼室内に燃料を吹き付けて火花を飛ばせば、すぐに爆発を起こせる。これを利用したのだ。

 従来型エンジンを始動すると、「キュルキュルキュルブルン」という音がするはずだ。スターターモーターでキュルキュルとエンジンを回して、爆発が起こるとブルンになる。i-stopでは、キュルキュルの部分を短くして、キュルとブルンがほぼ同時になるようにした。

 「直噴エンジンでも、エンジンを停止すれば燃焼室内は大気圧と同じになります。だから、燃焼に使える空気の量が一番多くなるところで、ピストンを停止してやればいい。エンジン再始動のために、エンジンを止めるタイミングで準備完了にしておけば、無駄な時間を省けます」(猿渡氏)

 ただし、直噴エンジンの燃焼エネルギーのみで再始動させようとすると、それなりの燃料が必要になる。この燃料噴射を少しでも抑える(燃費を向上させる)ため、スターターモーターを補助的に使って、エンジンを再始動させることにした。

 もう1つ、エンジンを燃焼させるためには、新鮮な空気で混合気を作る必要がある。そのため、エンジンを停止するための燃料カット後に、スロットルバルブを開き、掃気も行うという。この2つが制御できれば、適正な燃焼力が発生する。

 「これらは、直噴エンジンが持っている機能をうまく活用しただけなので、変更する部品は2つだけで済みます。正転方向だけを検出するクランクアングルセンサーを逆回転も検出するようにしたことと、スターターモーターの信頼性向上のためのテコ入れです。構造的にシンプルなので、直噴エンジンを搭載したクルマであれば、i-stop機能をすぐに投入できるし、コストもそれほどかかりません」(猿渡氏)

i-stop
i-stop (出典:マツダ)

 アイドリングストップ技術にめどはついた。あとは、ドライバーの不安を払拭する仕組みだ。エンジニアが立てた仮説を検証するために、社内モニターを動員して発売前のアクセラを一般道で走らせた。

 マツダは徹底的な検証を行った。2009年6月11日に発表されたアクセラだったが、2009年1月から3月にかけて、東京、大阪、岐阜、神戸、広島において通勤モニターテスト、週末利用モニターテストを行った。実際に猿渡氏も、地元のスーパーマーケットまでの買い物に使用するなど、日常での使い勝手を試してみたという。

 発表前のクルマが、何の偽装も行わず、日中の一般道を堂々と走るなど、めったに聞かない。マツダでも前例のないテストの結果、量産1カ月前というタイミングで1つだけ仕様を変更した。

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