“雇用流動化”という甘い言葉に、ダマされてはいけない吉田典史の時事日想(1/3 ページ)

» 2010年10月08日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]

著者プロフィール:吉田典史(よしだ・のりふみ)

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2005年よりフリー。主に、経営、経済分野で取材・執筆・編集を続ける。雑誌では『人事マネジメント』(ビジネスパブリッシング社)や『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)、インターネットではNBオンライン(日経BP社)やダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社)で執筆中。このほか日本マンパワーや専門学校で文章指導の講師を務める。

著書に『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『年収1000万円!稼ぐ「ライター」の仕事術』(同文舘出版)、『あの日、「負け組社員」になった…他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)、『いますぐ「さすが」と言いなさい!』(ビジネス社)など。ブログ「吉田典史の編集部」、Twitterアカウント:@katigumi


 2010年の6月、著名な人事コンサルタントを取材したとき、彼はこう言った。「会社員は転職を繰り返していくことで自分に合った職場を見つけたほうがいい。その意味で、雇用流動化をもっと進めるべき」と。

 わたしはこの10数年で、この話を30〜40回は聞いた。いずれもが、学識豊かなコンサルタントだ。批判を受けることを覚悟で言えば、彼らの多くは企業の中で成功しなかった人たちである。この場合の「成功」とは、大企業で部長クラスになることを意味する。彼らはコンサルタントになる前に企業に勤務していたことがあるが、そこでさしたる実績がない。部下を持った経験すらない人もたくさんいる。

 わたしは「雇用流動化」を否定しない。しかし、企業の現場を知らない彼らが唱えるその言葉を額面通りに受け止めることは好ましくない、と思っている。少なくとも、この言葉を使うことで自らの経営能力の低さを正当化しようとする経営者がいることを知っておく必要がある。一流のコンサルタントたちは、こういう経営者たちの存在にあまりにうといのだ。

「雇用流動化」という言葉で、覆い隠そうとする経営者

 ここで、わたしがまだ会社員のころに見聞きした事例を紹介したい。7年前、取引先であるデザインプロダクション(社員数4人)に勤務する、30代前半の女性がわたしの職場に現れた。色白の顔が一段と白く、青ざめていた。うつむいて恥らうようなそぶりで、ぼそっと口にした。「突然、社長に『辞めろ』と言われました。明後日で退職するので、ごあいさつにうかがいました」と。

 さらに話を聞いてみると、彼女の社長であるデザイナー(40代後半男性)はこう言ったのだという。

 「今後は、4人のデザイナーがそれぞれ自宅で仕事をするSOHO化を進める。4人のうち、1人(30代後半男性)を事務所に残し、わたし(社長)とコンビを組んで仕事をする。他の3人は自宅で仕事をしてもらう。さらに事務所は引っ越しをする。もっと家賃の安いマンションに入る。こうして組織を小さくして、“選択と集中”の方針にする」

 さらに社長はこう言った。「君も30歳を超えているなら、もう1本立ちができる。こんな小さな会社に居座るのではなく、転職を繰り返して自分に合った職場を見つけ出したほうがいい」。さらに「SOHO」と言っていたにも関わらず、「とりあえず辞表を書くように」と迫ってきたようだ。彼女がためらうと「1つの会社にしがみつくのは、デザイナーとしてのキャリアに悪い影響を与える」と言ったそうだ。

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