コラム
» 2011年03月28日 08時00分 公開

“若者的なる者が消費する”という概念ちきりんの“社会派”で行こう!(2/3 ページ)

[ちきりん,Business Media 誠]

高齢者になった“経験”がない

 事業者が若者偏重から逃れられない1つの理由は、そもそも働いている人が「昔は全員若者だったが、自ら高齢者になったことは誰もない」からでしょう。

 国民の同一性が高い日本では、多くの人が自らの体験に基づき「こういうサービスや商品にはニーズがあるはず」と考え、それをビジネスにつなげてきました。

 こういうやり方は、自分が生きてきたのと同じような時代が続いている限り有効です。しかし世の中が変わる時には「自分の過去の経験」は役立たなくなります。過去と未来に断絶が起こった時には、自分の経験や固定観念を離れ、「事実や情報に基づいて論理で考える」必要があるのですが、これがなかなか難しいのです。

 例えば……、

 70歳の女性。夫が亡くなり、中堅地方都市で広い持ち家に1人で住んでいる。40代の2人の子どもはそれぞれ家庭を持ち、電車で3時間ほど離れた都市に住んでいて、正月だけ戻ってくる。

 腰や膝が痛いが大病はない。月々の年金が10万円ある。貯金は郵便局の定額貯金と簡易保険が3000万円、銀行預金が1000万円と、夫の残した株や個人国債があわせて2000万円くらいある。PCは持っていない。

 ……というような、“お金持ちの高齢者”が、いったいどんなサービスや財を求めているか、いやその前に、この人が毎日朝から晩までどういう生活をしているのか、想像できるでしょうか?

 多くの人は自分が高齢者になってからさまざまなニーズを感じ、「もしこういうサービスがあったらとても助かる。少しくらい高くても対価を支払うのに」と思うでしょう。しかしその人たちは、その時点ですでにビジネスの供給側で働いていません。

 ビジネスサイドが積極的にニーズを探りに行かない限り、それらが事業化されることはないのです。かくして圧倒的に大きなポテンシャル市場が、供給側から注目されることなく取り残されています。

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