川口雅裕(かわぐち・まさひろ)
イニシアチブ・パートナーズ代表。京都大学教育学部卒業後、1988年にリクルートコスモス(現コスモスイニシア)入社。人事部門で組織人事・制度設計・労務管理・採用・教育研修などに携わったのち、経営企画室で広報(メディア対応・IR)および経営企画を担当。2003年より株式会社マングローブ取締役・関西支社長。2010年1月にイニシアチブ・パートナーズを設立。ブログ「関西の人事コンサルタントのブログ」
将棋界では羽生善治二冠が一般には突出して有名だが、羽生二冠以外にもたくさんの個性的で才能あふれる棋士を輩出し続けている。次々に若手の有望株を育て、戦いを新鮮で興味深いものにしている、その人材育成システムには企業も十分に学べることがある。
1つ目は、棋士全員に先人の棋譜や将棋の歴史に対する尊敬の念が感じられることだ。将棋雑誌や将棋専門紙のインタビューを読むと、それがよく分かる。木村義雄、阪田三吉、大山康晴、升田幸三といった故人の名局や名手を覚え、その個性的な棋風や思考の深さと新しさに興味を持ち、尊敬や愛着が感じられる発言を見ることができる。
江戸時代の名人世襲制のころから続く歴史にも造詣が深く、今、自分たちが将棋を指せているのは、多くの先輩たちの努力の賜物だという感謝、そして将棋界へのロイヤリティが伝わってくる。
さて、企業において、ほとんどの社員が自社の歴史や先人の努力を知り、尊敬や感謝の気持ちを持っているということがあるだろうか。「新入社員のころに教えてもらったが忘れてしまった」「会社案内に書いてある程度しか知らない」という人が多い状態だと思う。
ベテランの昔語りもすっかり減り、企業組織ではどんどん過去の記憶が薄れてしまっているのが実態だ。「クレドを作ろう」「企業理念を明確にしよう」というのも、そんな状態を見て、組織へのロイヤリティ低下を実感した経営者が多いからではないか。将棋界に学べるのは、ロイヤリティ向上には、そんなことより歴史を正面から詳しくストーリーとして理解することが効果的だということである。
2つ目は、礼儀作法や気遣いがしっかりできること。マナーを覚えるのは簡単だが、棋士は例えば、先輩と対局する時は、たとえ自分の方が段位において上であっても早く来て下座に座って待っておく、といった気遣いをごく普通に行う。
昔、NHK杯の谷川三冠対青野八段戦(いずれも当時)では、「(先輩である)青野八段は、着物で対局することがあるから」という理由で、谷川三冠は着物を持参して対局場に来たそうだ。先輩がスーツならこのままスーツで、着物なら着物に着替えるつもりだったという。
企業では今、若手や周囲の人に対し、「気遣いや気配りができない」という不満を抱く人が多い。将棋だと盤上の勝負なので、相手を気遣うかどうかは結果に関係ないが、ビジネスでは組織が円滑に回るかどうか、顧客に好感を与えられるかどうかに相当影響するので、棋士よりビジネスパーソンの方がよく気遣いができる、というのが当然だと思うが、逆になっているのは不思議だ。単純に考えれば、「師匠や先輩が見本を見せながら、ちゃんとしつけをしている将棋界と、上司や先輩が放ったらかしにしている会社の差」ではないだろうか。
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