アメリカは今“原発ルネッサンス”――2つの理由と3つの懸念 :藤田正美の時事日想:
火力発電から原子力発電へのシフトを急速に進める米国。今後2008年までに、米国では原子力発電所の建設計画書を28基分提出予定だという。なぜ今これほど原発が復権しているのか? それには、大きく2つの理由がある。
著者プロフィール:藤田正美
「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」
世界的に原発が復権しつつあるという話は、このコラムで4月に書いた(4月25日の記事参照)。その動きがいよいよ加速しつつある。米国で原子炉を建設しようとすれば、米NCR(Nuclear Regulatory Commission、原子力規制委員会)に届け出て許可を得なければならないが、今後数カ月の間に、12基の原発建設計画が提出される見込みだという。さらに2008年は15基の建設計画が提出されるというから、全部が出来上がると基数で見て現在の30%増という計算になる(発電所の性能が向上しているため、発電能力で見ればもっと増加率は高くなる)。
原発が見直されている理由
原発が見直されているのには大きく2つの理由がある。1つはランニングコスト(発電コスト)が安いことだ。原油価格が極端に上がる前のコスト比較でも、原発の発電コストは石油を利用した火力発電の半分である。もちろん石油価格が暴騰してきた昨今の数字で見れば、もっと原子力の安さが際立つはずだ。ただし容易に見当が付くように、施設の建設費は原発のほうが極めて高い。それでも原油相場が高騰している現在、原発の優位性は揺るがない(参照リンク)。
もう1つの理由は、温室効果ガスの問題だ。現在、温室効果ガスの排出は毎年増え続けている。日本で見ても、1990年レベルに比べると2005年で8%弱上回っている。2012年まで1990年レベルのマイナス6%にするという目標はとても達成できそうにない。安倍首相は「美しい星50」で2050年までに現状の50%減」という勇ましい目標を打ち出したが、目の前のマイナス6%すら具体的な方策は乏しい(参照リンク、PDF)。
そうした状況の中では原子力がそれだけ頼もしく見えるのは仕方があるまい。加えて原子力の場合、燃料となるウランの主要産出国がカナダやオーストラリアといった政情の安定している国であるということも大きなポイントとなっている。原油や天然ガスは、その多くが中東、中央アジアなど比較的政情が安定していない国の下に眠っている。
安全性とコストの問題
もっとも原子力には大きな問題が数多くある。最大の問題はもちろん安全性だ。東京電力の柏崎刈羽原発は、地震によって7基の原子炉すべてが停止した。本体にどの程度の影響があったかはまだこれからの調査待ちだが、部分的に壊れているのも発見されたため、当分の間は稼働できない状態になっている。
原子炉メーカー、米GEや東芝の子会社になったウエスティングハウス、フランスのアレバは、新しいデザインの原子炉は、構造も簡単で、建設コストも建設期間も少なくて済むと主張している。しかしそれでもフィンランドで建設中の最新型の原子炉は、予定よりすでに2年も遅れているという。
建設期間が延びれば当然コストは急増する。実際に米国では建設に21年もかかったため、見積もりは7000万ドルだったのに、結果的には60億ドルにも膨らんだ例があると報道されている。許認可や地元の問題などで、建設見通しを立てることが難しいとなれば投資家も二の足を踏んでしまう。その意味では、建設資金の調達が大きな問題として立ちふさがる恐れも小さくはない。
核のゴミをどうする?
さらに大きな問題は、原子力発電所から出る「核のゴミ」だ。米国ではユッカマウンテンに使用済み燃料など高レベル放射性廃棄物を地層処分する計画だが、このような処理の仕方は「今知りうる限りで」最も安全な保管方法であっても、遠い将来にわたって安全である保証はどこにもない。
もちろん新しい技術によって、原子力発電や燃料の加工法などがどんどん進化する可能性はある。しかし原子力ルネッサンスとは言っても、完全に手放しでは喜べないのが、原子力の原子力たるゆえんだろうか。
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