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途上国から世界に通用するブランドへ――マザーハウス郷好文の“うふふ”マーケティング:

ジュートという麻素材が特徴のバッグブランド「マザーハウス」。商品が作られているのはアジア最貧国ともいわれるバングラデシュ、創業者は25歳の若い日本人女性。マザーハウスに秘められた可能性と、克服すべき課題とは……?

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著者プロフィール:郷 好文

 マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 商品の手触りはスムーズである。オレンジ、ジンジャー、オリーブ……どの色に染められた商品も、素材であるジュート(麻)の風合いが生きており、表面をなでてもごわごわ感はなく、やわらかく手になじむ。

 ここは東京・入谷にある「マザーハウス」の直営店。マザーハウスブランドの商品は、ショルダー、ギャザー、ビジネス、メッセンジャーなどのバッグが中心で、化粧ポーチ、ペンケース、財布などの小物や、靴もそろう。フォーマルなデザインの商品もあるが、ジュートという素材の持ち味を活かした、カジュアルな製品が中心である。クシュッとしたシワ加工が施してあるのもかわいい。ジュートと皮素材を半々に使った「50/50 Line」シリーズの商品は、フォーマルとカジュアルの両面を狙っている。

 縫製はしっかりしているし、モノ入れなど細かい部分もよくできていて、全体の仕上がりもいい。これをアジア最貧とも言われる途上国、バングラデシュでデザイン、製造から品質管理まで行っているとは思わないだろう。入谷の直営店は、店舗の敷居が芝生というナチュラルな雰囲気のブティックで、気取った感じはない。

 中年男の私は、メッセンジャーバッグにひかれた。「かっこいい」と思う。だがバッグのメインの買い手は若い女性だ。このシンプルなデザインに「かわいい」と素直に反応するだろうか?

途上国から世界に通用するブランドづくり

 マザーハウスの創業者、山口絵里子さんは25歳と、自身も若い女性である。多くのメディアに登場しているし、先頃出版された著書『裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記』も売れているから、その創業の物語をご存知の読者もいるかもしれない。マザーハウスは、バングラデシュのジュート素材を活かしたバッグや小物、最近では靴までを現地で製造する、一種の「SPA」を行っている。

 SPAとはアパレル業界の用語で、Speciality store retailer of Private label Apparelの略。素材・デザイン・製造・物流・販売まで一括管理するモデルを指す。ユニクロなどが代表例だ。しかしこの言葉はたいてい、素材の安い国、賃金の安い国でモノづくりを行い、先進国で大量販売するという、経済格差をテコにしたビジネスモデルを意味することが多い。

 一方、山口さんはバングラデシュで、熱い理念を胸に、デザインや生産管理、品質管理までの現地化を実現してきた。バッグ作りもイチから勉強した。袖の下や裏切りが横行し、「フェアトレード※だから高く買え」と当たり前に要求する人も多いというバングラデシュで、どんな苦難があったのか。著書や記事を通じて知ったその努力に涙がこぼれた。

※フェアトレード…発展途上国の原料や製品を継続的に購入することによって、立場の弱い途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す運動のこと

 山口さんの、つまりマザーハウスの熱い理念とは「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ことである。

 「から」に注目したい。「途上国“から”つくる」と「途上国“で”つくる」とではまったく違うのである。現地生産を通じた経済的な自立を支援するゆえに、マザーハウスは「から」を理念に置いている。しかしそれが大資本のSPAでは「で」となる。途上国と先進国という経済格差で儲けるためである。

マザーハウスという大きな環

 社名の由来は“マザー・テレサ”譲り。それゆえだろうか、マザーハウスには、たいていの社会支援型ビジネスより大きな環(わ)がある。

 左図は一般的な社会支援型ビジネスやエコ素材活用ビジネスの環である。素材の活用と商品づくりがその事業範囲で、それにイベントを絡める程度である。だが素材に特徴があってもデザインが民芸品的だったり、デザインが良くても継続した商品開発が難しかったり、その結果販売チャネルが細る……といったように、どこかでその環が途切れている。せっかく素晴らしい志があっても、ビジネスとしても社会貢献としても環になりにくいのである。

 一方マザーハウスのビジネスは、「途上国から」「世界に通用する」を目指している(右図)。右側の素材から販売までのビジネスの環と、左側のジュート栽培からフェアトレードまでの社会貢献の2つの環が、入口と出口でしっかりつながっている。

 マザーハウスの今後の活動を予想したのが下図である。デザイナーの養成、現地法人の設立、そしてすでに自立支援のための女子大学設立支援という社会貢献もされている。ジュート栽培や加工にも、環が飛び出してゆく可能性がある。世界に通用するという活動には、こうした大きな環の理念が必要なのである。

消費者がエコバッグで買うものとは?


アニヤ・ハインドマーチのエコバッグ。買物でも“I'm Not A 物欲 Woman……”でいてほしいもの

 ところで、消費者は何を求めてバッグを買うのだろうか。バッグというモノを買うのか、それともいわれを買うのか……。

 大騒ぎになった「I'm Not A Plastic Bag」というエコバッグを覚えているだろうか? アニヤ・ハインドマーチのエコバッグを買い求める人で大行列ができた様子は、テレビでも報道された。デザイナーは「I'm Not A Plastic Bag(プラスティックじゃないの!)」というエコなメッセージを表現したが、消費者は必ずしもそうとは取らず「消費税込みで2100円のアニヤのバッグ」というブランドを買おうとした。アニヤ・ハインドマーチのバッグは多くの女性の憧れであり、普通は5万円以上はするからだ。

 海外では、数時間並んだ挙句にダッシュで突き飛ばされて泣きわめく人もいたという。日本でも、物欲むきだしの恐ろしい形相で詰め寄る人の姿がテレビに映っていた。流行に揺れる軽さ。エコよりもブランドが好き。一部には計画的な人もいて、家族で行列して購入し、ヤフオクで転売して数万円を得る人もいた。そんな計算高い人たちを「エゴロジカル(Ego-Logical)」と呼んでみたい。

 しかし正直に言えば、並びこそしなかったけれど、ネットで買い損ねた私もまた、エコ意識100%ではなかった。悔しかった。「歩いていたらアニヤのエコバッグを持っている人がいました。とても素敵で、あれが2000円ちょっとじゃ安いです」という同僚Cherryさんの言葉に心が揺れた。これでは私も“エセロジカル”と呼ばれても仕方ない。

物語を買うのか、商品を買うのか?

 大きな可能性のあるマザーハウスだが、ビジネスから見た課題があるとすれば、“エゴ”や“エセ”な消費者を、リピーターに変えられるかという点にある。

 1回目は「フェアトレード製品だから」という理由でマザーハウスのバッグを買うとして、2回目は何を買うか? 3度目は? バッグという商品は服飾品だ。ターゲットである若い女性は、バングラデシュ発であろうと、フェアトレードであろうと、ブランド・デザイン・品質がそろっていなければ買わない。消耗品ならまだ背伸びしてフェアトレード品を買いやすいが、バッグやアクセサリーは「かわいい」が先に立たなくては衝動買いしてもらえない。それが女性の本能である。

 「エコかわ(いい)」「エコリュクス(贅沢)」、こうした言葉に100%賛同はしないが、実用と遊びが両立するデザインが必要なことは現実である。

マザーハウスの生き方、分かってくれますよね?

 だがマザーハウスには、普通のブランドにないものがある。それは“山口絵里子さん”という人の正面突破力、すなわち思いと行動力である。もう一度言うが、私は彼女の物語を涙なしには読めなかった。その正面突破の思いと行動は感動的である。

 「山口さんの行動やマザーハウスの理念に、少しでも寄り添いたい」。そう思わせることこそがマザーハウスのブランディングだ。そしてそれは、“日本の消費者のフェアトレード感覚”を養うことなのである。


山口さんの著書『裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記』。私も山口さんの主張に寄り添いたい

 山口さんにオシャレな柔道着バッグをデザインしてほしい(氏は柔道家でもある)。不登校児を元気にする通学バッグをデザインしてほしい(不登校児だった経験を持つ)。スランプになっても苦境に追い込まれても、そのバッグを持つと立ち直る、そんなバッグを作ってほしい(それはマザーハウス自身の物語である)。

 「マザーハウスの生き方、分かってくれますよね」――それが広まることが大切。だが、デザインやメッセージにはもう少し遊び心を添えることも必要だ。「I'm Not A Developing Country(途上国じゃない)」と主張するだけではなく。

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