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犬も猫もみなハンコになる――ワン書体印鑑 郷好文の“うふふ”マーケティング:

まさに“うふふ”なハンコである。一見、座っている猫や、横を向いた犬なのだが、よく見るとそこには名字が……こんな印鑑やシヤチハタがあったら、ちょっと使ってみたくならないだろうか?

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著者プロフィール:郷 好文

 マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 まさに、“うふふ”なハンコである。右のハンコのシルエットをじーっと見てみよう。一見猫の絵だが、実は絵の中に「城山」という名字がデザインされている。

 このユニークなハンコを作っているのは、大阪府の城山博文堂というハンコ屋さんだ。同社のプレスリリースによれば「お客様のご希望のデザイン(犬や猫のシルエット)を使用し、そのデザインを崩さないように名前を彫り、印鑑に仕上げました。遠目に見ると犬や猫にしか見えませんが、近くで見るとちゃんと名前になっています」とある。

 たしかに文字でもあり猫でもある。城の字のてっぺんの両耳が、なんともかわいらしい。山という字のつくりも、猫の後ろ足からお尻にかけての雰囲気も猫っぽい。

印鑑も、シヤチハタもOK

 このハンコは、大阪市の城山博文堂でインターネットから注文ができる。その注文から制作までの手順は次の通り。


ワン書体印鑑を作る手順

 まず印鑑(4680円から)かシヤチハタ(3600円から)かを決める。次いで書体タイプを「篆書体(てんしょたい)」か「ゴシック体」のどちらかにする。筆者なら断然、篆書体が好み。そして猫か犬、またはその他の動物から、シルエットを選ぶ。猫派の筆者としては、次の3候補から選びたい。

 そしてシルエットに名前を下書きし、清書して、印鑑に彫り込む印影を作る。印鑑は12×60ミリ(直径×高さ)で、印鑑証明にも使える立派なもの。そのほか、シヤチハタやネームペンも可能だ。ちなみに「城山」とは、このハンコのデザインをしている印鑑デザイナーの城山謙一さんの名字。城山さんは、城山博文堂の社長でもある。

 犬のシルエットが普通の字体と一緒に入る“わんポイント”のハンコもあるが、オモシロ度ではワン書体印鑑にはかなわない。書体のデザインは相当の絵心(字心?)がないとできないと思うが、城山さんはどうやってこのハンコを発想したのだろう?

「犬、乗っています」のシールからの発想

 城山さんはクルマを運転していたとき、まわりを走る車が犬種別のステッカーを貼っているのを見て「犬のシルエットをハンコにしよう!」と、ポンとハンコを突くようにひらめいたのだという(「ねこぽこ通信」より)。図柄のデザインにあたっては、動物図鑑などを参考にして、犬種別のハンコを作った。

 犬はシルエットで種類が分かるのでやりやすいが、猫は種類ごとにシルエットの特徴を出すのが難しい。だが城山さんは生来の猫派らしく、猫バージョンも16種類ほど作った。さらにネズミ、ブタ、魚など他の動物にもチャレンジ。さまざまな動物のシルエットを字体に落としてハンコを作っていった。

 中国語のハンコ、似顔絵ハンコ、ゴルフボールに押せる似顔絵ハンコ……“判を押したよう”ではない城山さんのアイデアは尽きない。しかし城山博文堂は、創業70年のハンコ屋さんなのである。ハンコ需要が減少する中で、生き残りをかけなくてはならない。

ハンコの市場は縮小したが、ニーズはある

 そもそもハンコのニーズとは何だろう? まずハンコとは「私が私であること」を主張するものである。これを持つ人は世の中には私しかいないという証明のために、人は印鑑を持ち、押す。

 しかしその証明機能も、コピー機やプリンタの精度が向上して、印影を失敬してハンコを偽造する泥棒が増えている今は怪しくなりつつある。今や“私であることの証明”の主流は、生体認証や電子認証であり、もはや印鑑で“私”を証明するシーンは少なくなってきた。

 またハンコには副次的に「私はあなたより運がいい」というニーズもあった。「開運」「商売繁盛」「招福」を願ってデザインをハンコ屋に依頼するのである。ハンコ屋は運命鑑定屋でもあった。だがそれは「部長よりヒラ社員が直径の大きなハンコを持つべからず」などと言われたのどかな時代の話。いずれは企業登記にも印鑑が不要の時代が来る。

 「私が私である認証=印鑑」が技術的には廃れ、仕事で印鑑を押す場面も減りつつある。伝統的な印鑑業者は次々と廃業し、廃業後の市場を安価なハンコを売るフランチャイズ店が奪取した。だがそもそも縮小する市場をフランチャイズで置き換えただけで、抜本的なニーズ開拓があったわけではない。そう考えると城山さんのアイデア、奮闘は素晴らしい。

戦国大名のハンコに起源?


豊臣秀吉の花押。Wikipediaより引用

 ふと戦国大名のハンコを思いだした。筆で描いているので正しくはハンコではないが「花押(かおう)」というサインの一種である。

 大河ドラマなどで見たことがあるのではないだろうか。例えば忍者が届ける巻物の密書の最後に、ぐにゅぐにゅと書かれている特殊な文様――これが花押である。「この通り、ワシは豊臣秀吉であることに相違ない」。私が私であることを証明する、そういう印である。

 何百年前の文字のシルエットである花押を、今どき持てる人はそういない。それを世の中に一匹と一文字しかいないワンコやニャ(ハ)ンコで持てるのであれば、まさに貴族気分が味わえるというものだ。

難しい字のほうがシルエットになりやすい

 筆者の名字の「郷」は、画数の多い難しい字である。もし猫のハンコにしたら、どんなハンコになるのだろう? サイトにはこう注意書きがある。「極端に字画の少ないお名前や、ひらがな・カタカナでは元のデザインを生かすことが出来ないためお作りできません」

 画数の多い「郷」なら、返ってデザインはしやすいのか。用意されているシルエット以外にもかわいい猫の姿態はある。今は猫を飼っていないので、同僚のCherryさんから猫の写真をお借りした。


猫の写真を「郷」の字に……なっていないか

 ……いやはや、文字デザインは難しい。ヘタでごめんなさい。次の写真はとてもかわいいが、ハンコのシルエットにはならないですよね。


「一(はじめ)」さんなら大丈夫かも?

ワン書体ハンコを広めるために

 遊び心たっぷりのこのハンコ。すっかり気に入って、すべてこれで統一したいという人も出てくるかもしれない。果たしてワン書体印鑑で印鑑証明が取れるのだろうか?

 城山さんによれば、発注主からこれまで4件の印鑑証明登録が成功したという知らせがあったそうだ。もしそれぞれ猫の書体印鑑を持った男女が出会い、結婚しようと誓いあったとしよう。役所に婚姻届を出すときには、オス猫とメス猫が並んだハンコになるのであろうか。住宅を購入しようと考えた男性が犬の書体印鑑で契約書にハンコを押すと、犬小屋にならないだろうか?……というのは余計な気遣い。

 城山さんには、ぜひこの印鑑の法人契約をペットフード会社で受注してもらいたい。会社中の書類が動物園になるのでは――考えれば考えるほど、“うふふ”と愉快な気持ちになれる、ワン書体印鑑なのだった。

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