アサヒビールは“パンドラの箱”を開けたのか? うまさの裏側にある不安:それゆけ!カナモリさん(6/6 ページ)
発売されたばかりの発泡酒「アサヒ クールドラフト」を飲んで、筆者の金森氏は思わず唸ってしまった。うまかったのである。しかし、そのうまさゆえに、ある不安を感じたという。その不安とは……?
うまさの裏側にある不安とは
「麒麟淡麗〈生〉」ブランドが誕生して以来、11年。同社のニュースリリースによると、今年1月に累計販売本数が200億本を突破といい、発泡酒売上げ10年連続ナンバーワンという王者は、今も堅調な伸びを示している。
淡麗の人気の秘密何か。それは、淡麗の示すポジショニングが如実に表わしている。「爽快なキレのある味と、引き締まった喉ごしを併せ持つ発泡酒」である。
先に述べたビール戦争で、アサヒはビールの「キレ」という新たな価値をキリンに突きつけた。キリンはそれまで、ビールの「うまみ」を訴求していたため、急にメッセージを転換することはできない。「リーダーが顧客に発信してきたメッセージと矛盾する製品を投入する」というチャレンジャーの戦略「論理の自縛化」にはまったわけだ。
しかし発泡酒という新たなカテゴリーが誕生し、自縛が解けた。キリンも「キレ」を訴求するようになった。それが、奏功している。
対するアサヒはどうか。発泡酒のメインブランドは「アサヒ本生ドラフト」である。メインメッセージは『これぞ、コクキレ。飲みごたえの「生」。』
「コクキレ」である。アサヒのお家芸である「キレ」の前に「コク」がきている。実際に飲んでみても、キレよりも、むしろ重たいビールの「味わい」が感じられる。
アサヒが発泡酒においてコクを訴求したのは、自社のフラッグシップ商品であるスーパードライを守るためではないかと推察する。低価格な発泡酒で同様にキレを充足させてしまったら、スーパードライとのカニバリゼーション(共食い)が発生する。ゆえに、キレの発泡酒は作れないというジレンマに陥る。
ビール市場でリーダーとなったアサヒは、今度は逆に、キリンからチャレンジャーの戦略の定石をしかけられたのだ。
今回、アサヒは本生ドラフトを温存したまま、クールドラフトを販売した。広告のコピーは冒頭記した「一番うまい発泡酒を、決めようじゃないか。」である。発泡酒カテゴリーのリーダーである淡麗生に真っ向勝負というわけだ。
負けられない戦いにおいて、やはり決め手は味だ。「キレが、うまさだ。」とのコピーに偽りはなく、確かに喉ごしのキレは抜群でうまい。
味だけではない。パッケージにも並々ならない力のいれようが感じられる。缶の3分の2を占める輝くシルバーの地色は、スーパードライを彷彿とさせ、パッケージを見ただけでもキレを期待させる効果抜群だ。
アサヒが本気になってキレにこだわった発泡酒を作る。確かにうまいものができあがった。ユーザーとしてはうれしい限りである。だが、スーパードライと見まごうようなパッケージと、それに迫る味わいは、少なからずカニバリが発生することが予想される。その程度が「少なからず」というレベルに留まらなければ、さらに傷は深まる可能性もある。
アサヒはスーパードライを自らの製品で喰ってしまうというパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。これが、冒頭に記した「不安」の正体である。
そのリスクを最小に抑えるためか、スーパードライでは、「うまい!をカタチに!」と称するマストバイ(購入必須)応募型キャンペーンを展開し、ユーザーの囲い込みを図っている。
個人的には、アサヒの明確な意志決定を信じたい。ビール市場において不動の1位を確保し、顧客の囲い込みを図るとともに、キリンに頭を押さえ続けられている発泡酒市場においても、カニバリを恐れず、総力戦を挑むという決断をしたということなのだろう。
「一番うまい発泡酒を、決めようじゃないか」との問いには、筆者はこの、「クールドラフト」に1票を投じる。そして、同時に、スーパードライとの関係がどうなってゆくのか。アサヒの製品ポートフォリオ戦略が奏功するのか、その行方が注目される。
金森努(かなもり・つとむ)
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサ ルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダ イヤモンド社)。
「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディ アへの出演多数。 一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
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