人事制度のないあの会社は、今どうなっているか
600人以上の社員がいる会社でも、人事制度なしに、社長の優れたマネジメント能力によって、不満なく処遇できていることもある、という筆者。しかし、人事制度は人材育成システムでもあるため、そうした企業では別の問題が起こるようだ。
著者プロフィール
川口雅裕(かわぐち・まさひろ)
イニシアチブ・パートナーズ代表。京都大学教育学部卒業後、1988年にリクルートコスモス(現コスモスイニシア)入社。人事部門で組織人事・制度設計・労務管理・採用・教育研修などに携わったのち、経営企画室で広報(メディア対応・IR)および経営企画を担当。2003年より株式会社マングローブ取締役・関西支社長。2010年1月にイニシアチブ・パートナーズを設立。ブログ「関西の人事コンサルタントのブログ」
先日、ある有名アパレルメーカーの人事担当者たちと飲んだのですが、社員数約600人の処遇について、いまだに社長が鉛筆なめなめでやっているのに近い状態だと聞いて驚きました。「自分たちの昇給や賞与がなぜそういう額になっているのかを、これまでまったく知ったことがない」「誰かが昇進したというのも社長が認めた、気に入ったということだけが根拠なんだろうと思う」という話です。
しかし、その表情からは、決して不満を述べているのではないことが伝わってきました。大したルールもないのに、600人を不満なく処遇することができる能力というのは、すごいとしか言いようがありません。
一方、明確ではないものの人材、特に「幹部クラス」と「変革を起こせる人」が育ってこないという感じを持っているようでした。前者は、すごい社長に示唆や刺激を与えることができたり、社長の思想やコンセプトを形にして現場に見せることができたりする人のこと。後者は、従来のブランドパワーやビジネスモデルに乗っかっているだけでなく、これを利用して新しい事業や商品を産み出すことができる人、イノベーティブな創意工夫あふれる人材といったイメージです。
「事業は堅調であるけれども、このような人材がいないことで会社が変わっていかない。将来はどうなるのか……」といった感じが漂うのは否めないようです。
人事制度のない会社でもうまくいくけれど……
ここに、人事制度が持つ2つの側面を見ることができます。
1つは、制度がなくても不満のない処遇をしている会社もある、つまり、「処遇に不満が出るのは、人事制度がないことが原因ではない」ということです。人事制度は直接的には処遇システムでありますが、これをしっかり作ってルールや運用を明確にすれば、処遇や評価への不満がなくなるわけではありません。結果への納得感の有無や決めた人に対する信頼とか、給与水準の安定感や項目への安心感などがあったり、演出できたりするのであれば、制度などなくても一向に構わないということです。人事制度は、処遇への納得感を高めるために絶対的に重要ということではなく、1つのツールでしかないということです。
もう1つは、人事制度は育成システムとして非常に重要であるということ。「良い人事制度とは何か」と聞かれれば、私は「階層や職種や仕事ごとに、期待されていることがシャープな言葉で端的に表現されていることが絶対の条件だ」と答えます。どうも、テーブルや算式に視点が集中してしまっている会社が多いのですが、それよりも、等級定義や評価基準において、期待や求めたいことがシンプルにメッセージされているかどうか、またその表現の巧拙のほうがはるかに重要です。前述の会社で言うなら、幹部に求めること、イノベーティブであることを明文化しておらず、だからこれを評価しにくく、時折社長がスピーチで述べたり、飲み会で叱咤したりしているだけなのだと思います。
処遇システムとしての人事制度に、処遇への納得性を高めることを期待してもそれには限界があります。一方で人材育成においては、つい研修やマネジメントだけに期待しがちですが、人事制度が持つ人材育成システムとしての機能を軽視してはなりません。(川口雅裕)
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