キヤノンから中小企業まで……“仕事”基準で会社はこう変わった――人事コンサルタント、前田卓三さん(後編):嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(5/5 ページ)
バブル崩壊以降、長らく低迷を続ける日本経済。人事コンサルタントの前田卓三氏は低迷の原因は、日本の企業や官庁に人の属性に基づいて評価する“人”基準がまん延していることにあると主張、これを“仕事”基準に移行させることによって、体質を変えていったという。後編ではその具体例について聞いていく。
カギは日本の伝統的風土や価値観との適合性
上記の懸念が杞憂に終わることを祈りたいが、仕事基準が日本に“正しく”定着するかどうかのカギを握るもう1つのポイントは、欧米由来の前田さんの理論が、日本の伝統的風土や価値観とどのくらい適合するか、という点であろう。
前田さんによると、日本の人基準は徳川幕藩体制以来続くものであるというから、日本人のDNAに今なお色濃く染み付いていることは否定できない。“和魂洋才”という言葉はあるものの、日本の伝統的な風土や価値観との接点や共通点のない舶来理論は一時の流行で終わりやすいし、上記のように変質しやすい。
そういう観点から見た時、前田さんの理論はどのような位置付けになるだろうか? それについて、少なくとも私個人としては、ある一定の適合性が存在すると考える。
本連載で過去何回か触れたように、日本には古来、“主客一如”という経営思想・経営哲学がある。仏教哲学に源を有する主客一如では、「主体」としての自己(自社あるいは自分)と、「客体」としての自己を取り巻く森羅万象(顧客、従業員、取引先、家族・友人、地域社会、大自然などすべて)とは不可分一体をなすものであり、自己はその中で「生かされている」存在に過ぎない。したがって、そういう中で「生かしてもらえている」ことへの「感謝の念」を捧げ続けることが、生きる上で何よりも大切なこととなる。
この思想は、数百年あるいは1000年を超える歴史の風雪に耐えて今なお繁栄する老舗企業において、ほぼ共通に見出されている。それどころか、主客一如のことをまったく知らない昨今の若いベンチャー企業経営者の間でも、この思想がしばしば見出されるのである。
この主客一如の「自己を取り巻く森羅万象への感謝」を企業経営の文脈でとらえるならば、ステークホルダーや自然環境に対する絶えざる価値創造となって現れている。「どうすれば、もっと感謝の念を伝えることができるだろうか」と全社員が日々、懸命に考え続け、それをカタチにしていくことを通じて、顧客から「まさか、そんなことまでしてくれるとは思わなかった」という驚きと感動が発せられる。それが、結果として、自社のさらなる発展につながってゆく。
こうした社員たちの価値創造に対して、適正な評価を行い処遇している企業が、老舗であれ、若い企業であれ、今日繁栄している点は見逃せないだろう。
とはいえ、これらの企業が、前田さんの定義通りの仕事基準であるとは言い切れないし、ポジションについても、そこまで明確な概念は存在しないだろう。しかし、仮にそうだとしても、「絶えざる価値創造を評価する」という1点において、前田さんの理論との親和性は明らかに感じ取れるのである。
前田さんも言う。「日本の哲学や思想といったものを、もっと勉強したいと考えています」と。日本の伝統的哲学や価値観と整合するならば、前田理論の未来はよりいっそう明るくなるのではないだろうか?
難しい課題を抱えつつも、日本再生の「切り札」として、前田さんの理論に対する期待は大きい。こうした記事掲載で関心を持つ方がたくさん現れ、分身として日本各地で改革の狼煙をあげてくれるならば、筆者としてもこれに勝る喜びはない。前田さんの今後の活躍と、それを通じた日本の変革に期待したいものである。
嶋田淑之(しまだ ひでゆき)
1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」、「43の図表でわかる戦略経営」、「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。
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