朝日新聞が、東大卒を採用する理由:烏賀陽弘道×窪田順生の“残念な新聞”(2)(4/4 ページ)
新聞記者というのは新聞に掲載する対象を取材し、入稿するのが主な仕事だ。大手紙の記者を見ると、いわゆる“高学歴”な人が多いが、なぜこうした傾向があるのだろうか。その理由について、烏賀陽弘道さんと窪田順生さんが迫った。
「貴族の本家」の記者は上品な人が多い
烏賀陽:朝日新聞の「貴族の本家」の記者は上品な人が多いので、人の懐にぐいぐい飛び込んでネタをとるようなタイプは少ない。なので他社に特ダネ記者がいると、ヘッドハンティングして取り込んでしまう。
例えばリクルート事件の指揮を執った山本博さんは、元北海道新聞の記者。山本さんは北海道新聞で特ダネをたくさん書いていたので、朝日新聞がヘッドハンティングした。山本さんのほかにも、たくさんの特ダネ記者を引っ張ってきています。窪田さんもそうじゃないの?
窪田:「もうかなわん」となると、素直に受け入れようとするんですね。
烏賀陽:ですね。
窪田:そういう人たちは、“朝日人”として幸せな記者生活を送ったのでしょうか?
烏賀陽:いやあ、それが、送ってないんです(笑)。
窪田:ハハハ。
烏賀陽:山本さんは、東京本社の社会部デスクを経て名古屋本社の社会部部長を務めました。そして次は東京本社の社会部部長になるはずだったのに、東京本社の社会部に「山本博が社会部部長になるんだら、オレは辞める」という人が出てきた。
そうした声は「あいつは外様だから」というやっかみだけではなかった。昔、山本さんが東京都庁でキャップだったときに「オレは睡眠1時間で、1年間働かされてきた」とか、そういう「過去の恨み」が爆発した。まあ、高級な争いではない。でも、こうした恨みは恐いんですよ。軍隊で「あいつに飯ごうを取られた」という恨みを、戦後ずっと覚えているような(笑)。
窪田:その後、山本さんはどうされたんですか?
烏賀陽:結局、販売局に配属され、最後は朝日小学生新聞の社長で終わりました。
窪田:出る杭がいれば、その下で犠牲になる人もいる。犠牲になった人が力を持ったときに、出る杭が飛ばされてしまう。この問題は朝日新聞に限らず、他のメディアでもよく聞く話。さらに多くの企業でも同じようなことが起きているのではないでしょうか。
→続く。
2人のプロフィール
烏賀陽弘道(うがや・ひろみち)
1963年、京都市生まれ。1986年に京都大学経済学部を卒業し、朝日新聞社記者になる。三重県津支局、愛知県岡崎支局、名古屋本社社会部を経て、1991年から2001年まで『AERA』編集部記者。 1992年にコロンビア大学修士課程に自費留学し、国際安全保障論(核戦略)で修士課程を修了。1998年から1999年までニューヨークに駐在。 2003年に退社しフリーランス。著書に『「朝日」ともあろうものが。 』(河出文庫)、『Jポップとは何か―巨大化する音楽産業 』(岩波新書)などがある。
窪田順生(くぼた・まさき)
1974年生まれ、学習院大学文学部卒業。在学中から、テレビ情報番組の制作に携わり、FRIDAY、朝日新聞、実話紙などを経て、現在はノンフィクションライターとして活躍するほか、企業の報道対策アドバイザーも務める。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術 』(講談社α文庫)などがある。
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40歳で、朝日新聞社を退職した烏賀陽弘道氏。その後はフリージャーナリストとして活躍してきたが、雑誌にコメントしただけで損害賠償を請求されることに。彼の人生を振り返るとともに、オリコンそして裁判所に“勝利”した男の声を記録した。
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