「靴磨きの師匠」に学ぶマーケティングの神髄:それゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)
某駅前に陣取って15年。2人の弟子を従えた「靴磨き職人」。彼は客の靴を見ると、自分が磨いた靴かどうかがすぐ分かるという。クリームから、磨き方の徹底度まで、さまざまなことが異なっているからだ。
「顧客志向」の靴磨きと「マーケティング2.0」
師匠と弟子が磨いた靴は、比喩表現ではなく空が映るまでに輝く。しかし、空が映るまでに磨き込まれた靴の仕上げも、それで終わりではない。
初めての客には「クリームが一度では奥まで入り込まないから、また1カ月もしたら来て」と客に再来をうながす。
「靴磨きの仕事は“一期一会”じゃダメなの。お客の靴を見たら、その靴の状態を見極めて、どれくらいの回数で、どこまで仕上げられるか考えて磨いていかなきゃいけないんだ」と師匠は言う。
「ニーズとウォンツ」の関係を表す言葉は、セオドア・レビットが「顧客はドリルが欲しいのではない。穴を開けたいのだ」と表したとされている。そして、靴磨きにおいては、「顧客は靴を磨いてほしいのではない。ピカピカの靴をはいていたいのである」だ。
そのために、師匠は「一期一会ではダメ」という。客の靴が今までどのような人が、どのような手入れをしてきていて、現在どのような状態にあるかを見極め磨き上げる。長期間にわたって客の靴をどう仕上げるかを考え、最適な状態を保てるようにしている。それは「顧客志向」そのものだ。コトラーのいう「マーケティング2.0」の状態だ。
顧客とともに「靴のいい状態」を創ることと「マーケティング3.0」
弟子が育って、クリームが徐々に染み出し「削り磨き」だけで対応できるようにする“仕組み”はもう不要かというとそんなことはない。
磨きながら客には日常の靴の手入れ方法を教える。染みこんだクリームが後から染み出すため、日常手入れは固く絞った濡れタオルで表面の汚れを拭くだけにするのがベストだと。そして、きちんと水拭きメンテナンスをしていない客には、「きちんと手入れをしなきゃダメだよ」と諭す。
「オリジナルクリームを使っている意味はそこにもあるんだよ」と師匠はいう。顧客が簡便に手入れできるようなクリームは市場に存在していなかった。それを実現する意味もあって、オリジナルを作ったのだという。
「お客さんもきちんと手入れをしてくれてこそ、靴はいい状態を保てる。そのためのクリームでもあるんだ」と。
いい状態を顧客とサービスの提供者がともに創る。コトラーの「マーケティング3.0」のSocial的な意味合いは含まれていないが、「共創」というキーワードに通じる部分だ。
単なるモノやサービスを提供(供給)するだけの状態をコトラーは「マーケティング1.0」と言った。目の前の客の靴を磨くだけの状態と同じだ。本当の靴磨き職人は、「顧客がどのような存在なのかを正しく認識すること」から始め、顧客志向を貫いている。そして、顧客とともに、「靴を輝かせる」というサービスをともに創り出しているのである。
あなたのビジネスは、顧客を「空が映る」までに磨き込み、輝きを放ち続けられるように、ともに努力する“仕組み”が作れているだろうか?
金森努(かなもり・つとむ)
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
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