人をつなげるだけではカネにならない――“個”で際立つソーシャル効果:野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン(2/2 ページ)
人と人をつなげるソーシャルだけでは、マネタイズできない。ソーシャルゲームがマネタイズできた理由は何か。今回は、マネタイズの最終局面で必要となるバーチャル資産の価値保全について考える。
バーチャル資産の価値保全
仮想アイテムの第二の意味は、仮想世界でユーザーが私有する財産を定義することである。
ユーザーが所有するものを、ここではバーチャル資産と呼ぼう。マネタイズの原点は、ユーザーが守りたいものを作り出すことにある(参照記事『何もないところに欲を作り出す――「ブラウザ三国志」のビジネスモデル』)。それがゲームの友達であっても、これまで費やしたゲーム時間であってもよい。形のない「守るべきもの」をバーチャル資産として目に見えるようにするのである。
バーチャル資産と名付けることには、ゲーム運営側にも意味がある。「資産」なのだから、その価値を維持しようという発想が生まれる。ゲーム運営会社の仕事は、バーチャル資産の価値をアピールすることになる。
ところが、アイテムの資産価値をなくすようなイベントを、「お客さまのため」と銘打って行うゲームがあまりに多い。サーバダウンなど不具合があるたびに、アイテムをプレゼントする。期間限定で特別アイテムをプレゼントする。これらは一見するとサービス精神があって良いことのように見える。しかし実際には、自社のアイテムに対して「価値は一定ではなく、容易に変わりうる」という暗黙のメッセージを発していることになる。
無料なので、こうしたプレゼントに対してあからさまにクレームがつくことはないだろう。そのため気が付きにくいが、こうしたことが重なるとアイテムへの信頼が確実に薄らいでいく。来週には突発的なイベントで価値が変わるかもしれない状況で、アイテムに安心して金を払えるだろうか。アイテム価値が不安定なところに有料販売を始めても、行き詰まりが出てくるだろう。
オンラインゲーム運営では当たり前と考えることが、ソーシャルゲームでは意外と見落とされている。それは、ゲームアイテムは顧客のものであり、バーチャル資産として価値保全に気を配ることが、最高の顧客サービスであるという認識である。
バーチャル資産の価値保全は、筆者はマネタイズの最終局面として位置付けている(図参照)。これは、ある程度成功したゲームが陥りやすいポイントだからである。
バーチャル資産の価値保全をするための具体的な施策は、アイテムの有限性と公平性を保つことである。仮想アイテムはいくらでも作れるが、あえて通し番号をつけて供給量を限定する。どんなに人気が出ても、後出しじゃんけんで増産することをしない。ゲームをプレイすることでのみ手に入るアイテムと、販売用アイテムを分ける。キャンペーンなどで安易にルールを変えない。
バーチャル資産の価値保全の前提になるのが、共有財産とユーザーの私有財産を区別する、全体と個の設計である。前述のアバターは、コミュニケーションを行う際の個の設定であった。バーチャル資産は、ユーザーが費やした時間や活動に対する成果として、私有財産という個を認めることである。
現実の歴史を振り返っても、国民の私有財産をどの程度認めるかによって、国の社会経済体制が大きく変わったことが分かる。例えば、奈良時代の墾田永年私財法※は有名であるが、私田の扱いは各時代の国家体制と密接な関係にあった。仮想世界においても、私有財産の位置付けは全体に関わる大きな問題となる。
個の定義と私有が守られて初めて、他人との交流・共有という世界の拡張性が意味を持つ。人とつながることの楽しさや便利さは、その対極にある「個」という分離を演出することによって際立つ。逆説的ではあるが、個をうまく設計することが、ソーシャルビジネスの成功要因と考える。
野島美保(のじま・みほ)
成蹊大学経済学部教授。専門は経営情報論。1995年に東京大学経済学部卒業後、監査法人勤務を経て、東京大学大学院経済学研究科に進学。Webサービスの萌芽期にあたる院生時代、EC研究をするかたわら、夜間はオンラインゲーム世界に住みこみ、研究室の床で寝袋生活を送る。ゲーム廃人と言われたので、あくまで研究をしているフリをするため、ゲームビジネス研究を始めるも、今ではこちらが本業となり、オンラインゲームや仮想世界など、最先端のEビジネスを論じている。しかし、論文を書く前にいちいちゲームをするので、執筆が遅くなるのが難点。著書に『人はなぜ形のないものを買うのか 仮想世界のビジネスモデル』(NTT出版)。
公式Webサイト:Nojima's Web site
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