ソーシャルゲームにおける日本型データ・ドリブンのあり方とは(前編):野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン(3/3 ページ)
ソーシャルゲームに必須といわれるデータ・ドリブン(駆動型)経営は、どこから手を付ければよいのだろうか。データ・ドリブンを実現するための基本的な心構えは何か、経営学の視点からその全体像を説明する。
ソーシャルゲームの“当たり前”とは何か
問題なのは、あまりに若い産業であるので、ソーシャルゲーム運営の“当たり前”が定まっていないことにある。
ソーシャルゲームのあるべき姿は何か。RPG系か育成系かバトル系かといったジャンルによって、具体的に測定する行動変数は変わってくる。例えばバトル系ならばバトルをした回数や勝った回数といった変数が重要になるだろう。
筆者はこうしたジャンルの違いを超えて、ソーシャルゲーム全般に当てはまる基本理論を作りたいと考えた。そして着手したのが、昨年から連載している“フック・リテンション・マネタイズ”理論である。
ソーシャルゲームについて突き詰めると、それはユーザーの心理的変化を起こすサービスであると考え付いた。ふとしたきっかけで始めてから、次第にゲームを毎日プレイする習慣がつき、最後はお金を払ってでもしようと思うようになる、一連の心理的変化である。
ソーシャルゲームの特徴は、SNSを母体とすることで、今までゲームをしていない層に対して展開したことにある。つまり、ゲームをする気のない人にプレイしてもらう仕組みが肝なのだ。それは従来のゲーマー向けの開発ノウハウにはないことで、その仕組みが分からないから、ユーザーの反応を事後的にデータ分析して成功パターンを導こうというのである。だから、ソーシャルゲームの“当たり前(基本理論)”は、この心理的変化の構造になる。
次図に示したように、ユーザー心理は大きく3つのステージに分けられる。
フックは、ゲームプレイのきっかけ作りを指す。無料だからとか、友人に誘われたからとか、暇つぶしとかいった、消極的な理由からゲームを始める段階である。ソーシャルゲームは、プレイしようと意を決して始めるものではないのである。
次は、継続利用(リテンション)の段階である。それまでの暇つぶしという大義名分から、「6時間ごとにゲージが満タンになるから、そのころにアクセスしよう」といった具合に、ゲーム内の目的に変化する段階である。すなわち、ゲームのルールにユーザーを引きこませ、明日もプレイしたくなる仕組みである。俗にソーシャルゲームの面白さと言われる要素はここにある。手ごたえが感じられる進行や達成感、ユーザー同士のバトルなどである。その方法は1つではなく、ゲームシステムやソーシャルの複数の要素が組み合わされる。
マネタイズは、金を払ってでもプレイしたいと思わせる、大きな心理的変化を起こす段階である。「もともと使用価値のない仮想アイテムに金を払う」という、新しい消費行動を引き起こさねばならない。まずは、アイテム購入という行動自体を体験してもらうために、無料コインがプレゼント配布される。そして、アイテム購入に対する納得感を持ってもらうために、アイテム価格が妥当であることをアピールする各種施策がとられる(「ユーザーがお金を払いやすくなる仕掛け―アイテム課金が優れている理由」)。
フック・リテンション・マネタイズのフレームワークで筆者が強調したいのは、登録してから有料利用するまでの“時間の流れ”である。フックの段階をクリアしないとリテンションにも、その先のマネタイズにも行きつかないのである。図に示したように、登録ユーザーが100人いたとしても、どんどん離脱していき、最終的に残る課金ユーザーはほんのわずかとなる。この離脱をいかに防ぐかが、ゲーム運営の根幹となる。
このことは、データ分析のやり方にも影響する。すべての変数を同列に扱うのではなく、流れを食い止めるボトルネックについて重点的に見なければならない。例えば、後半のマネタイズ施策をどんなに手厚くしても、そもそもフックのところで多くのユーザーが脱落してしまえば意味がないのである。
フック・リテンション・マネタイズの図は、ひとりひとりのユーザーがたどるであろう気持ちの変化を示している。これは、ユーザーの反応を観察する運営担当者の目線に近いものだと思う。一方、データ分析者は売り上げへのインパクトを算出するというマクロな視点から、KPIを日々観察している。運営現場と数理的なデータ分析という異なる立場の者同士が話し合うための、共通の土台になるようなフレームワークに作り上げたいと考えている。
次回はこの続編として、分析対象となるデータ構造についてお話したい。
野島美保(のじま・みほ)
成蹊大学経済学部教授。専門は経営情報論。1995年に東京大学経済学部卒業後、監査法人勤務を経て、東京大学大学院経済学研究科に進学。Webサービスの萌芽期にあたる院生時代、EC研究をするかたわら、夜間はオンラインゲーム世界に住みこみ、研究室の床で寝袋生活を送る。ゲーム廃人と言われたので、あくまで研究をしているフリをするため、ゲームビジネス研究を始めるも、今ではこちらが本業となり、オンラインゲームや仮想世界など、最先端のEビジネスを論じている。しかし、論文を書く前にいちいちゲームをするので、執筆が遅くなるのが難点。著書に『人はなぜ形のないものを買うのか 仮想世界のビジネスモデル』(NTT出版)。
公式Webサイト:Nojima's Web site
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