カードバトルのソーシャルゲームが強い理由:野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン(2/2 ページ)
最近、なぜカードバトルのソーシャルゲームが多くリリースされるのか。日本のソーシャルゲームの課金率の高さを、携帯カードバトルゲームから読み解く。
カードにまつわる常識を利用したマネタイズ
カードというお膳立てが使えるのはチュートリアルだけではなく、課金の局面にも効いてくる。
金を払って購入するものとして、カードというのは分かりやすい。ビックリマンチョコに野球選手のトレーディングカード。紙のカードの時代から、「カードには価値がある」という一定の常識がある。カードとは収集するものであり、大事に取っておくものである。中にはレアなカードがあり、それを手に入れるには時間や手間をかけるか、運にたのむか、あるいは金が必要である。こういった常識がカードという概念に埋め込まれている。だから、有料アイテムとしてカードをもってくることで、ゲームになじみのない層にも説得力をもって販売することができるのである。
また、カードには多種多様あり、それを集めるのが楽しいという常識から、有料アイテムとして多種多様なカードを販売しても、違和感が生じにくい。「希少で価値のある」アイテムを「たくさん」生み出して売るビジネスに矛盾が起きないのは、カードにまつわる常識を利用しているからである。有料で販売するアイテムに事欠かないのは、カードバトルゲームの強みとなる。
さらに、カードという存在そのものがソーシャルであることが、マネタイズに効いてくる。カードとは、他人に見せ、競い、トレードするものであることから、ソーシャル要素としてゲーム設計に組み込みやすい。
ゲーム進行とソーシャル要素とがマッチした時に、「金を払ってでもアイテムが欲しい」とユーザーに思わせることができる。ゲームに白熱しただけではまだ弱く、そこに他人の視線が加わることで、有料アイテムが売れるようになる。人と比べるからより強いカードが欲しくなり、仲間と一緒に楽しみたいから強いカードが欲しくなるのである。
つまり、カードそのものにソーシャルと課金対象という概念が含まれているので、これをゲーム進行に取り入れれば、より課金しやすいゲームができあがることになる。
ゲーム進行とカード
ビデオゲームの時代から、「ゲームの面白さの本質は、達成感を作り出す報酬(リワード)の設計にある」と言われる。ユーザーが時間や労力を投入した結果として、レベルアップの演出や仮想アイテムが与えられる。自分がしたことに対して適切に報酬が得られることで、人は達成感や満足を感じるという。現実世界では、頑張りに対して即座に報われることはむしろ少ない。だからエンターテインメントの世界では報われたいのである。
ゲームで得られるアイテムやマネーもすべて仮想であるように、報酬とはいっても金銭的で実利的である必要はない。報酬が何であるかというよりも、レスポンスをタイミングよくすることの方が大事である。
ソーシャルゲームではチュートリアルの段階から、リワードのシャワーが降り注ぐ。エンターボタンを1つ押すだけで、「おめでとう! よくやった!」とほめられる。派手な効果画面になる。仮想アイテムがじゃらじゃらと出てくる。
エントランスの数分間のプレイでハマるのは、このようにきわめて短いインターバル(間隔)でリワードのシャワーを受けるからである。ゲームを始めた直後は、ステータス値ももらったアイテムのありがたみもよく分からないが、とにかく何かもらったという達成感がある。じゃらじゃらたくさん出てくる感じにハマるのである
序盤ではちょっとしたアクションだけで報酬が得られたが、だんだんとハードルが上がっていき、ゲームは中盤に入る。まずは、時間をかけないと手に入れられないものが出てくる。例えば、体力が切れて2時間経たないと先に進めないような、「待ち」の指令が出る。そして、エンターさえ押せばもれなくもらえたリワードが、ユーザーの選択と判断によってゲーム進行に違いが生まれ、もらえるリワードにも差が出てくる。より価値のあるアイテムには、より複雑で時間のかかるクエストが対応する。このことから、仮想アイテムの間にはグレードの差があるという認識が生まれ、無料アイテムと有料アイテムを区別する尺度ができる。こうしてやっと有料アイテムの販売の土台ができあがる。
短いインターバルと小さな報酬、長いインタバルと大きな報酬、という複数のリワードシステムがゲーム内で並行して走り出す。小さなリワードの輪から大きなリワードの輪へと、自動車のギアを次々と入れるようにユーザーを誘導することで、息の長いゲームプレイが実現される。
カードバトルゲームでは、複数のリワードシステムにカードが配置される。無料カードは、簡単なクエストのご褒美として設置される。難易度があり時間のかかるクエストでは、より強くレアなカードが用意される。カード自体に多様性があるので、並行する複数のリワードシステムの中に組み込むことができる。カードはリワードシステムに組み込まれることで、有料販売に耐えうる存在に昇華する。
現在、カードバトルゲームはもうかると言われ、模倣による乱立が続く。しかし、次のジャンルを打ち立てる応用力を持つためにも、こうした仕組みとポテンシャルの理解に努めたい。
野島美保(のじま・みほ)
成蹊大学経済学部教授。専門は経営情報論。1995年に東京大学経済学部卒業後、監査法人勤務を経て、東京大学大学院経済学研究科に進学。Webサービスの萌芽期にあたる院生時代、EC研究をするかたわら、夜間はオンラインゲーム世界に住みこみ、研究室の床で寝袋生活を送る。ゲーム廃人と言われたので、あくまで研究をしているフリをするため、ゲームビジネス研究を始めるも、今ではこちらが本業となり、オンラインゲームや仮想世界など、最先端のEビジネスを論じている。しかし、論文を書く前にいちいちゲームをするので、執筆が遅くなるのが難点。著書に『人はなぜ形のないものを買うのか 仮想世界のビジネスモデル』(NTT出版)。
公式Webサイト:Nojima's Web site
関連記事
- 「基本無料」でビジネスをする方法――ソーシャルゲームのマネタイズ戦略
ソーシャルゲームやスマートフォンのアプリ市場の一部で共通しているのが、「基本無料だが別の方法で課金を行う」というビジネスモデル。特にソーシャルゲームには、長く遊んでもらう秘訣、価格設定など、さまざまなノウハウがある。『ブラウザ三国志』などを手がけた椎葉忠志氏らが語る「マネタイズの勘所」とは……? - SNSを前提としないソーシャルゲームは作れるか、“分散型”の可能性を探る
「SNS上で提供され、SNSの友人とプレイする簡単なオンラインゲーム」と定義されるソーシャルゲーム。しかし、SNSの存在を前提にしなければ、ソーシャルゲームは作れないのだろうか。筆者は別の可能性を提示する。 - 人をつなげるだけではカネにならない――“個”で際立つソーシャル効果
人と人をつなげるソーシャルだけでは、マネタイズできない。ソーシャルゲームがマネタイズできた理由は何か。今回は、マネタイズの最終局面で必要となるバーチャル資産の価値保全について考える。 - ソーシャルゲームユーザーは、いつ財布を開くのか――顧客満足度とマネタイズの関係
どんなに面白いゲームを開発しても、せいぜい10%台の課金率というソーシャルゲーム。日々刻々と変化するユーザーの気持ちを追いながら、マネタイズのタイミングを判断するための「満足度曲線」理論を紹介する。 - ネトゲ婚はアリ?――廃人同士で結婚してみた
「ネトゲで結婚する人っているのですか?」と取材でよく聞かれ、その度にお茶を濁してきた。「目の前の私がそうです」と言ったら喜ばれたのだと思うが、この件は誤解のないように自分自身の手で書きたいと思っていた。ネトゲ婚を持ち上げる気も卑下するつもりもないが、そろそろ1つの事例として文字にしておこうと思う。 - 「野島美保の“仮想世界”のビジネスデザイン」バックナンバー
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.