高税は地下経済の温床となる(2/2 ページ)
高税のイタリアでは、取引をなかったことにするネーロが横行し、雇用までもが闇経済化してしまっている。日本でも、税金を上げれば、むしろ領収書を切らず、納品貸倒損失として処理する闇経済を助長させるだけではないのか。
増税が闇経済を盛んにするかも
日本でも『マルサの女』にも出てくるように、裏帳簿を作ったり、レジに打たなかったり、レジが2つあったり、と取引そのものをなかったことにする脱税は昔から横行してきた。
近年の消費税も、購入者からはすでに購入時点で徴収していながら、店の方が年度の納税時期を過ぎても延滞するのなら、実質的には政府が消費税分を無条件で店に貸し付けているに等しい。まして、領収書を切らず、納品はしたもののいまだ集金できてないかのように装い、売掛金の2年時効で貸し倒れ損失として処理するなら、購入者から消費税分を預かりながら、店側が消費税分をまるまるネコババできる。そして、この不正のうまみは、むしろ消費税率が高いほど大きくなるのだ。
別に、細々としたことを言い立てる気はない。近郊農家の野菜の野積み販売など、領収書の出ない現金取引は、あちこちにある。しかし、それがいまや個人のネット商売として、爆発的に広がりつつある。1つ1つは小さな金額でも、総計したらどれだけのものか。いや、経済とは、そういう細かな取引の積み上げそのものじゃないのか。
何にしても、まともに領収書を出さない野郎どものせいで、正直者が自腹を切らされたり、ネコババするための消費税分を余計に払わされたりするのは、まったく不愉快な話。その上、政府が増税で税収増加ができると勘違いしているなら、日本もイタリアやスペインなみのネーロ経済へ落ちて、さらに社会不安に陥るだけじゃないのか。(純丘曜彰)
Copyright (c) INSIGHT NOW! All Rights Reserved.
関連記事
“今”を問えば度量が分かる
事業定義は、個人でも重要だ。しかし、仕事へのコミットメントの深さとスコープの広さは、必ずしも比例しない。気晴らしのほとんどは、スコープの遮断にすぎず、かえって自分を追い込んでしまう。今日と別に明日があるのではなく、ここと別に世界があるのではない。
2割の働き者側に回るか、8割のテキトー者側に回るか?
真面目に働く者が2割、テキトーに働く者が8割で社会が回っていくという「2:8(ニ・ハチ)の法則」。私たちはどちらの生き方を選ぶのが幸せなのだろうか。
アップルに学ぶ、“あいまいさ”思考
日本人は手先の器用さ・繊細な感覚を生かしハード的に優れたモノを作ってきたが、形状・性能・価格といった「form」次元だけで戦うのは難しい時代に入った。「form」を超えて、どう「essence」次元にさかのぼっていくか、そのためにどう「あいまいに考える力」を養うか──次のステージはそこにある。
