コラム
ノーベル賞の陰で広がる、“向ける取材”とは:相場英雄の時事日想(3/3 ページ)
ノーベル賞の話題でメディアが盛り上がっている。文学賞の有料候補とされていた村上春樹氏の受賞はなかったが、メディア各社は受賞時のお祭りに備え、準備を進めた。だが、この間、いくつか首を傾げるような報道姿勢がうかがえたのだ。
取材スキルの低下
長い前フリとなったが、本題のノーベル賞取材に戻る。
山中教授の受賞が決まったあと、文学賞での村上氏受賞期待が急速に高まった。もちろん、多くのマスコミは受賞時のお祭りに備え、事前取材に走った。
この過程で、私の知り合いの書店員さんが取材を受けた。多くの読者が想像した通り、この書店員さんは見事に「向けられた」のだ。
「数社から取材されたが、共通の質問は『取ってほしいですか?』だった」。
この書店員さんは「短絡的なストーリーを作って、それに沿った報道をする。短く分かりやすい言葉が欲しかったのだろう」と明かしてくれた。もちろん、稚拙な取材にあきれていたのは言うまでもない。
私自身、新聞や週刊誌、あるいはテレビの取材を受ける機会が急増した。この際、「向けられる」取材が漸増傾向をたどっている。
若手記者や新人ライターだけでなく、相当なベテランからも「向けられる」のだ。私は椅子を蹴り上げたい衝動をなんとか抑え込んでいる。
「『向ける』と取材の手間は格段に減る。だが、聞き手の考えている以上のネタや証言は絶対に得られない」――。
先に紹介した先輩記者はこう言って私を諭してくれた。
椅子を蹴り上げなくも、「向ける」の弊害を若手記者やライターに伝授するベテランが少なくなったということなのだろうか。
関連記事
- 「ピンクスライム」は問題にならないのか 食品業界の裏側に迫る
米国のファストフード業界が揺れている。低価格を支えるある加工商品がやり玉に上がっているが、米当局や専門家は安全性に問題はないとしている。それにしてもこの問題、日本に“飛び火”するかもしれない。 - “やらせライター”に困っている……とあるラーメン店の話
とあるラーメン店の店主がこう言った。「本業以外の雑務が増えてやりにくい。昔はこんな気を遣う必要なかったのに」と。本業とは、もちろん丹誠込めて作る自信作のラーメンのこと。では本業以外とは、一体どんなことなのだろうか。 - なぜマスコミは“言葉狩り”記事を掲載するのか
自民党の石原伸晃幹事長が発したひと言に対し、あるマスコミが言葉尻を捉えるような書きぶりで報じた。言葉尻をとらえた記事を、なぜマスコミは取り上げるのだろうか。 - どうした自動車ジャーナリスト! 事実を語らない裏事情
どの世界にも事実を伝えようとしない、いわゆる“御用ジャーナリスト”が存在する。中でもクルマ業界のそれが、目立ってきているのではないだろうか。本当のネタを語ろうとしない自動車ジャーナリストの裏事情に迫った。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.