ビジネスパーソンに求められる“キレ”と“コク”の思考(4/4 ページ)
「大きな問い」を発し、「大きな答え」をつかむためには、「キレ」と「コク」の領域を大きく往復することが欠かせない。
論理・客観にとどまるほど没個性に陥る
キレとコクの思考は端的には次のようにまとめられる。
「キレの思考」=具象的×論理的×客観的をベースとして〈鋭く考える〉
「コクの思考」=抽象的×イメージ的×主観的をベースとして〈豊かに考える〉
昨今のビジネス現場では、科学的な手法や考え方がどんどん入り込んできている。それ自体は悪いことではないし、むしろそれをうまく見方につけなければイノベーションは起こらない。だが、超一級の科学者たちは、論理だけ、客観だけで物事を鋭く考えることの限界を知っている。
1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一氏は次のように言う。
「結局、突拍子もないようなところから生まれた新しい学問というのは、結論をある事柄から論理的に導けるという性質のものではないのです。では、何をもって新しい理論が生まれてくるのか。それは直観です。まず、直観が働き、そこから論理が構築されていく。(中略)だれでも導ける結論であれば、すでにだれかの手で引き出されていてもおかしくはありません。逆に、論理によらない直観的な選択によって出された結論というのは、だれにも真似ができない」(『哲学の創造』PHP研究所)。
論理で「キレ」を出すのは確かに大事だが、論理力という刃物をいくら研いたところで、そもそも「切ろうとする対象物」を創造することはできない。創造のためには、滋養豊かな思考の大地あるいは濃厚なスープが必要である。それこそがまさに、もう一方の「コクの思考」の役割なのである。
私たちの日ごろの職場には、分析されたデータは豊富にあるし、定型化された戦略フレームシートに文字をぎっしり埋めることも上手になった。また、ロジカルシンキング手法に則った批評は会議でも行き交っている。だが、そのために、明瞭ではあるが独自性の弱い、もっともではあるがブレークスルーを起こすほどの力をもたない思考が増えている。論理や客観はそこにとどまればとどまるほど、没個性に陥るという罠があるのだ。
「インテリの弱さ」を指摘する松下幸之助
松下幸之助は「インテリの弱さ」という表現を使い、この点に言及している。
「『それは社長、無理ですよ、できません。理論上から考えても無理です』ということが多い。特にすぐれた技術の持ち主ほど、そうした傾向が強く、困ったものだと(ヘンリー・フォードは)述懐している。私は、このフォードの言葉について、これはこれで一つの真理をついていると思います。(中略)なぜインテリが弱いといわれるのでしょうか。私は、それは結局、その人が、もっている知識にとらわれている場合にそうなるのだと思います」(『松下幸之助 成功の金言365』PHP研究所)。
別の箇所で、松下はこうも述べる。
「単なる知識、学問ではいけないのだ、それを超えた強いものを心の根底に培って、はじめて諸君が習った知識なり学問が生きてくるのだ、その根底なくしては学問、知識はむしろじゃまになるのだ」。「私は昔から、非常な夢の持ち主である。だから早くいえば、仕事もいっさい夢から出ているわけだ。よく人から『あんたの趣味は何ですか』と聞かれるが、私は『私には趣味はないですな。まあ、しいていえば、夢が趣味ということになりますかな』と、答えるようにしている」
日本のモノ作りが弱くなった原因の1つは、経済合理性という大潮流の中で、日本のモノ作り思想が相対的に薄まっていったことだ。他方、故・ステーブ・ジョブズ氏がコテコテの主観や想いを前面に出し、それを巧みに形にしてきたアップルは勢いが止まらない。
私たちがいま再認識せねばならないのは、イメージや主観、抽象といった、あいまいだが、その人の色、クセ(癖)、アク(灰汁)、味わいといったものを醸し出す力だ。それはコクの思考の作業領域になる。そこを強く持って「自分の奥底から湧き起こる何か」をつかみ取り、キレの思考との間を往復する。そして「これしかない!」という表現で打ち出す。この力強い思考運動こそが、個々のビジネスパーソンに求められるものだ。(村山昇)
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