松井秀喜と巨人の「和解」、それは長嶋茂雄との師弟愛:臼北信行のスポーツ裏ネタ通信(2/3 ページ)
多くの野球ファンが感動した長嶋氏と松井氏の国民栄誉賞授与式。この日は同時に松井氏と巨人とが和解した歴史的な日でもあった。ただし、この和解が新たな火種にもなり得るという。
みんなお前の味方なんだ。こんな幸せなことはないじゃないか!
長嶋氏は松井氏と巨人の関係が疎遠になっても、愛弟子と密に連絡を取り合っていた。1992年のドラフト会議でクジを引き当てて以降、指揮官を退任する2001年まで松井氏を熱心に指導し「巨人最強の4番」に成長させたのは言うまでもなく同氏だ。ミスターは教え子の松井にメジャー移籍後も節目で直接電話をかけ続け、ヤンキース在籍時代の2009年の5月から7月にかけて古傷の左ひざ痛が悪化して苦しんだ際には、こう言って励ましていた。
「ケガに負けるようなことだけはあってはならないぞ。左ひざの痛みがなんだっ! ケガなんかに負けないで、もう一度、輝く松井秀喜を見せてくれ。お前ならば、それができるはずだ。ニューヨークのファンも、日本のファンも、そして私も、みんなお前を応援しているんだ。みんなお前の味方なんだ。こんな幸せなことはないじゃないか!」
脳梗塞を患い、病と戦っている恩師が自分のために必死になって強い口調で訴えてくれた。電話口から聞こえてくる長嶋氏の金言に耳を傾けた松井氏は感激の余りに涙を流しながら「ありがとうございます。絶対に頑張ります」と声を震わせたという。
その直後の8月に入ると、松井氏の打撃が一転して復調。勝負強い打撃を見せた選手に贈られる「クラッチ・パフォーマー賞」を受賞することとなる。同年10月のワールドシリーズでは日本人初のMVPに輝き、周囲には「監督(長嶋氏)からパワーをいただくことができた」とも打ち明けている。
また一緒に東京ドームのグラウンドに立とうじゃないか!
長嶋氏との国民栄誉賞ダブル受賞プランが政府内で検討されていることが明るみに出ると、恩師からすぐに連絡が入った。
「お前と一緒に(国民栄誉賞を)もらえることが何よりも嬉しいんだよ。本当にありがとう。それと巨人がお前の引退セレモニーをやってくれるんだってな? いいことじゃないか! また一緒に東京ドームのグラウンドに立とうじゃないか!」
こう言われた松井氏は終始恐縮しっぱなしだった。
「松井君は当初、国民栄誉賞の話を断るつもりでいたらしいんだ。ところが恩師の長嶋さんがダブル受賞者となったことを知って『監督に泥を塗ることはできない』と断り辛くなってしまっていた。そんな絶妙のタイミングで恩師から電話が入れば、もう『NO』とは言えない。メジャーリーグに行っても自分を叱咤激励し続けてくれた長嶋さんの恩義にこたえるため、松井君は今回の国民栄誉賞受賞と引退セレモニーへの参加を二つ返事で決意したのです。
それに長嶋さんは今回日本で対面した松井君にコッソリと、こうも言っているそうですよ。『また巨人に指導者として帰って来い。もう四の五の言うな。オレも含めてみんながお前のことを待っているんだぞ』と。
巨人から去って行く形になった松井君に対し、それまで感情的になっていた渡辺会長の心をやわらげたのも実は長嶋さんです。松井君の引退直後にミスターは渡辺会長に会って『巨人には彼の力が必要です。将来の指導者として彼を迎え入れることをどうかお許しください』と頭を下げた。渡辺会長も『松井監督か……。見てみたいな』とつぶやき、すべてを水に流したそうです」(球団関係者)
巨人と松井氏の間に生じていたミゾを見事に穴埋めした長嶋氏の力には、ただ脱帽するばかりだ。松井氏の古巣復帰をひそかに熱望していた巨人の関係者も今回のセレモニーが無事に終了し、ホッと胸を撫で下ろしているところだろう。
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