蒸気機関車は必要なのか――岐路に立つSL観光:杉山淳一の時事日想(5/5 ページ)
かつて蒸気機関車といえば、静岡県の大井川鐵道やJR西日本の山口線にしかなかった。それだけに希少価値があり、全国から集客できたが、現在は7つの鉄道会社が運行する。希少価値が薄れたいま、SL列車には新たな魅力が必要だ。
SL列車の集客競争時代にあおなみ線は勝てるか
こうして俯瞰(ふかん)してみると、各地で盛況と報じられているSL列車たちは、もうすぐ、あるいはすでに供給飽和状態になっている。そんななかで、これからSL列車を導入しようという動きがある。名古屋駅と金城ふ頭を結ぶ第3セクター「あおなみ線」だ。提唱者は名古屋の河村たかし市長で、業績が低迷するあおなみ線のテコ入れ策と、名古屋の観光魅力アップのために、SL列車を走らせたいという。
鉄道ファンとしては、新たなSL運行路線の誕生は大歓迎だ。ぜひ実現してほしい。金城ふ頭にはJR東海が運営する「リニア・鉄道館」もあるから、鉄道テーマパークエリアとしての魅力も増す。しかしあおなみ線の場合、全区間がSLの重量に耐えられるわけではない。走行可能区間は全線の3分の1、名古屋駅と名古屋貨物ターミナルの間だけ。「リニア・鉄道館」までSL列車では行けない。今年2月に試験走行して話題になり、招待客で満席、観客動員3600人と報じられたが、それは珍しいイベントだから、というだけではないか。老婆心ながら申し上げると、この供給飽和状況下で、半端な走行距離のSL運行に収支の勝算はあるだろうか。ライバルのSL列車に比べ、どんなメリットがあるだろうか。
ある出版社の女性編集者さんによると「鉄道ファンではないが、蒸気機関車には魅力を感じる」という。「巨大な機械が動くというビジュアル、サウンドの迫力などの非日常性が面白い」そうだ。子どもたちにとっては『きかんしゃトーマス』の影響もあるかもしれない。でも、それだけのためにSL列車に乗るなら、なるべく「近く」「便利で」「安い」SL列車という選択肢になる。園内遊具とはいえ、名古屋駅から日帰り圏の明治村にはSL列車が走っている。それも含めて「全部に乗ってやろう」という考えは、鉄道ファンのかなり濃いタイプだけだろう。
あおなみ線に関しては、億単位の金をかけてSL列車を運行するよりも電車のほうがスマートではないか。JR東海が保有し、かつて小田急線に乗り入れた「あさぎり」用371系を借りるとか、小田急や名鉄のロマンスカーの中古など、これから出物となる特急車両を買ってもいい。高架区間の眺望を生かせる車両を使って、金城ふ頭まで全区間走行したほうが魅力的だ。そこには蒸気機関車のような迫力はないかもしれないが、あと20〜30年くらいは「懐かしい」と思ってくれる人々が存命なのだから。
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