蒸気機関車は必要なのか――岐路に立つSL観光:杉山淳一の時事日想(4/5 ページ)
かつて蒸気機関車といえば、静岡県の大井川鐵道やJR西日本の山口線にしかなかった。それだけに希少価値があり、全国から集客できたが、現在は7つの鉄道会社が運行する。希少価値が薄れたいま、SL列車には新たな魅力が必要だ。
JR連絡を見限った大井川鐵道
民鉄でSL列車の老舗といえば静岡県の大井川鐵道だ。ドラマや映画において、昭和時代の蒸気機関車の場面はほとんどが大井川鐵道だった。架線があろうと大井川鐵道、幹線区間の場面でも大井川鐵道の小型機関車。その理由は、機関車だけではなく、機関車と同世代の旧型客車も多数保有し、沿線風景も自然が多く差し障りがないからだ。大井川鐵道の魅力は、風景まで含めた「蒸気機関車時代のパッケージ」である。
大井川鐵道で稼働可能な蒸気機関車は4台。観光シーズンに1日3往復のSL列車を運行する。路線の起点は東海道本線の金谷駅だ。ところが近年、大井川鐵道のSL列車は金谷駅には来ない。隣の新金谷から出発する。そこに機関区があって都合がいいからだろうが、JRからの乗り継ぎ客をアテにしていないように見える。大井川鐵道には新金谷駅に200台分の駐車場があり、料金は1日700円。1泊で1200円。SL列車の乗客はマイカー利用が多い。「高速道路無料化だ」「1000円だ」という時期に、各地の鉄道会社は苦戦したが、大井川鐵道は好調だったという。Webサイトのアクセス案内もクルマ利用のリンクが上にある。
JR東日本の新幹線パッケージの成功例があることだし、ここはJR東海も大井川鐵道と組んで、東京から「こだま」で掛川または浜松へ、そこからちょっといい車両を使って「SLリレー号」を仕立てると、空席が目立つ「こだま」の需要喚起につながりそうだ。しかし、JR東海にも関連会社のJR東海ツアーズにもそれらしきパッケージが見当たらない。「大井川鐵道のフリーきっぷ付き寸又峡温泉」というパッケージがあるが、SL列車をうたっていない。実にもったいない状況である。
しかし大井川鐵道にとって東京からの旅行客は魅力で、それだけにJR東日本の「SLみなかみ号」というライバルを意識している。それもあって地元自治体の島田市が支援し、新金谷駅に転車台を設置した。それまでは片道の機関車が逆向きだった運転方式を、常に前向きに改め、魅力を高めた。また、富士山静岡空港にはソウルから毎日、上海と台北から週4日の定期便があり、外国人観光客にも注目している。福岡からも毎日の便があり、これは商圏として「SL人吉」とライバル関係になるかもしれない。
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