蒸気機関車は必要なのか――岐路に立つSL観光:杉山淳一の時事日想(3/5 ページ)
かつて蒸気機関車といえば、静岡県の大井川鐵道やJR西日本の山口線にしかなかった。それだけに希少価値があり、全国から集客できたが、現在は7つの鉄道会社が運行する。希少価値が薄れたいま、SL列車には新たな魅力が必要だ。
JR各社のSL運行は勝算アリ
JR北海道は2台の蒸気機関車を保有する。先に挙げた「SL釧路湿原号」のほか、季節に合わせて道内各地を巡業する。JR東日本は3台を保有。高崎発の「SLみなかみ号」などのほかに、会津若松から新潟までの「SLばんえつ物語号」を運行するほか、千葉や東北にも出張させる。さらに4台目の蒸気機関車の復活を準備中で、こちらは東北観光復興のため、釜石線などで走らせる計画だ。
JR西日本は梅小路蒸気機関車館で多数の動態保存車を抱えている。このうち営業路線で運行可能な蒸気機関車は2台。山口線の「SLやまぐち号」、北陸本線で「SL北びわこ号」を運行する。JR九州は1台を保有。肥薩線で「SL人吉」を運行する。この機関車は老朽化のためいったん引退したものの、約4億円の巨費を投じて復活させた。復活といえばJR東日本の3台も公園や学校などで保存されていた機関車を復活させた。そのうちもっとも新しい機関車の復活費用は約3億円と報じられた。
蒸気機関車は復活費用も運行費用も維持費も膨大である。それを乗車券のほか1座席あたり300円から500円でお客を乗せる。それでもうかるのかといえば、おそらく単体ではもうからない。しかしJRの場合は勝算があるだろう。乗客の往復の鉄道利用を喚起できるからだ。
商売がもっとも上手な会社はJR東日本だ。SL列車と新幹線を組み合わせてパッケージにしている。東京から高崎まで新幹線で日帰り、あるいは東京からSLで新潟へ、新幹線で戻る1泊2日のツアーを販売する。JR西日本もそうで、大商圏の近畿圏から山口県までの山陽新幹線の需要を創出している。JR北海道とJR九州は、福岡や札幌の100万人都市のほかに、中国、台湾、韓国からの観光客がある。JR北海道はイベント列車に中国語ガイドを乗せているし、私が「SL人吉」に乗った時は、台湾から来た夫婦と相席だった。伊万里焼とSLの旅を組み合わせたそうだ。
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