蒸気機関車は必要なのか――岐路に立つSL観光:杉山淳一の時事日想(2/5 ページ)
かつて蒸気機関車といえば、静岡県の大井川鐵道やJR西日本の山口線にしかなかった。それだけに希少価値があり、全国から集客できたが、現在は7つの鉄道会社が運行する。希少価値が薄れたいま、SL列車には新たな魅力が必要だ。
これではSL列車に乗りに来た意味がない。無視して通り過ぎるまで待とうとしたら、ちんどん屋はボックス座席ひとつひとつを丁寧に巡り、なかなか去らない。これはたまらんと前方車両に退散すると、またやってきて、歌だゲームだと誘ってくる。無視しても誘う。しつこい。やれやれ、勘弁してくれよ……と思った。
ところが、この演出に他のお客さんたちは喜んでいるように見受けられた。なるほど、蒸気機関車の「音が聞きたい」とか「すすの匂いを嗅ぎたい」は、ごくわずかな鉄道ファンの希望であって、それほど熱心でもないお客さんにとってSL列車は退屈だ。なにしろ、客車に入ってしまえば、肝心の蒸気機関車が見えなくなってしまうから。真岡鐵道にとっては、そんな車中を少しでも楽しく過ごしてほしいという“おもてなし”らしい。
この演出がいつから始まったかは知らないが、後に真岡駅でこんな話を聞いた。
「JRさんもSLを始めたでしょう。そしたらこっちのお客さんが減っちゃって……」
なるほど。栃木県の真岡鐵道と、群馬県高崎市でJR東日本が運行する「SLみなかみ」は、東京からの距離がほぼ同じ。商圏が重なっている。しかも高崎は新幹線停車駅。真岡鐵道の起点の下館は東北新幹線の小山から水戸線に乗り換える必要がある。気動車王国の関東鉄道からも乗り継げるという面白さは、鉄道ファンにしか通じないかもしれない。
真岡鐵道のSL列車は苦戦しているようだ。その焦りがあのちんどん屋だろうか。逆効果な気もするけれど……。ところで真岡鐵道は今年春、真岡駅に「SLキューロク館」をオープンした。公園で保存されていた蒸気機関車を置き、圧縮空気でちょっとだけ動かす。他にも貨車や気動車などの展示がある。ミニ鉄道博物館だ。これで魅力創出となればいいが。
同様の立地で苦戦が予想されるSL列車は秩父鉄道の「パレオエクスプレス」だ。熊谷から秩父の三峰口を結ぶ。熊谷は東京から見て高崎より手前だし、秩父へは西武鉄道でアクセスできる。長瀞(ながとろ)など有名観光地もあるから、さほど心配するほどではないが、この機関車はよく運休する。2010年には鉄道員の死亡事故の影響でシーズンの出発式を取りやめ、2011年には機関車の故障で何度か運休し、2012年は脱線事故で運休した。1台保有で予備機がないから、今年なにかあれば信用を失いかねない。団体予約は予備機を確保したJR東日本の高崎へ流れるだろう。
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