自殺ドキュメンタリーを作った外国人が「すぐに死にたがる日本人」を語る:伊吹太歩の時事日想(1/2 ページ)
「日本人は自殺を美しいものと考えていないか」「日本ではテレビドラマや映画、漫画が、エンターテインメントの要素として自殺を扱っている」――なぜ日本人は死にたがるのか?
著者プロフィール:伊吹太歩
出版社勤務後、世界のカルチャーから政治、エンタメまで幅広く取材、夕刊紙を中心に週刊誌「週刊現代」「週刊ポスト」「アサヒ芸能」などで活躍するライター。翻訳・編集にも携わる。世界を旅して現地人との親睦を深めた経験から、世界的なニュースで生の声を直接拾いながら読者に伝えることを信条としている。
日本の社会現象について外国人監督が取り上げたドキュメンタリーが続いて公開されている。直近では米国人監督による日本のうつ病に関するドキュメンタリーが公開されたばかりだ。でも注目度の高さでいえば、日本の自殺について描いた『Saving 10,000(自殺者1万人を救う戦い)』(2012年末公開)だろう。『Saving 10,000』は現在、ネット上で完全版が無料視聴できる(参照リンク)。
外国人が日本の国内問題についてドキュメンタリーを製作したことで、この作品は日本メディアだけでなく海外でも多く取り上げられた。米国や中国をはじめ、イタリア、ポーランド、ルーマニア、アイルランドなどのメディアで紹介されている。
このドキュメンタリーは在日歴16年のアイランド人、レネ・ダイグナンが自費で製作。公開から1年が過ぎたが、今でもダイグナンはひっぱりだこだ。2013年9月には北海道で3カ所の上映会に参加、10月には筑波大学で行われた上映会に招待されて講演を行ったばかりだ。なぜこのドキュメンタリーは各方面でずっと注目されているのか。
日本人は自殺を「美しいもの」ととらえている?
駐日欧州連合代表部で経済担当官を努めるダイグナンは、この1年、できる限りこの映画を人に見てもらおうと活動した。40以上にわたる上映会に参加し、2013年3月には衆議院で国会議員などを対象に上映会を開催。内閣府自殺対策推進室の会議にも呼ばれ、ダイグナンのドキュメンタリーは内閣府の自殺予防週間で採用された(参照リンク)。さらに同月には秋田県で行われた日本自殺予防学会総会にも参加している。
この9月にはNHKの外国向けチャンネルで特集が放映されたばかりだ。その放送には多くの海外の著名人もツイートなどで反応し、例えばピューリッツァー賞を3度受賞しているジャーナリストのトーマス・フリードマンや、ノーベル経済学賞を受賞している経済学者のポール・クルーグマンも、このドキュメンタリーを紹介した。
『Saving 10,000』が今も注目される理由には、日本人が見過ごしがちな興味深い視点を提供しているからだ。例えば「日本人は自殺を美しいものなのではないかと考えている」という見方だ。三島由紀夫と親しい友人だったことで知られ、三島作品の英訳書も出版している元ニューヨークタイムズの東京支局長ヘンリー・スコット・ストークスは、日本では作家が自殺する傾向が非常に高いと指摘している。そんな国は、世界を見渡しても他にないと言う。
さらにドキュメンタリーに登場する関係者も、自殺が多い背景に文化的な要素を挙げる。自殺の名所として知られる福井県の「東尋坊」は、作家の高見順が描いた小説『死の淵』によって、また高知県の足摺岬は作家の田宮虎彦による『足摺岬』によって紹介されたことが、自殺の名所になったゆえんだと指摘する。
世界保健機関の自殺報道のガイドラインは守られない
筆者はダイグナンに、話を聞く機会を得た。彼は、「日本のメディアは、世界保健機関(WHO)のガイドラインに従っていない」と主張する。WHOのガイドラインには、「自殺をセンセーショナルに扱わない」「問題解決の1つであるかのように扱わない」「自殺既遂や未遂に用いられた手段や場所について詳しく伝えない」などがある。
そう考えると、最近自殺した藤圭子さんに関する報道は、完全にWHOのガイドラインで「アウト」だ。だが日本メディアでは、自殺報道においてどのように自殺をしたのかまで伝えないことはあり得ない。彼らの理論では、それは「世間に混乱を生む」からだ。ならば最初から自殺報道をすべきではないという話にもなるが、そうなると国民の知る権利を守れない。この問題に妥協点を見いだすのは非常に難しい。
さらにダイグナンは、「日本ではテレビドラマや映画、漫画が、エンターテインメントの要素として自殺を扱っている。そうするとウイルスのように広がり、自殺が普通の選択肢の1つであるかのようになってしまう」ともいう。だからこそ自殺が多いというのは一理ある。一方で、日本のように歴史的に切腹が美学と見られてきた文化は簡単には否定できないとの意見もあり、そう考えれば、この問題にはまた別のアプローチが必要になるのかもしれない。
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