「ななつ星in九州」に見る、乗客をつくるビジネス:杉山淳一の時事日想(1/6 ページ)
鉄道会社が観光列車開発に力を入れ始めた。日本に新たな旅の文化が生まれたと言っていい。こうした「鉄道で遊ぶビジネス」は、鉄道会社が苦手としていたが、他の業界では当たり前のことだった。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。2008年より工学院大学情報学部情報デザイン学科非常勤講師。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP、誠Styleで「杉山淳一の +R Style」を連載している。
鉄道会社が観光列車に力を入れている。新聞やビジネス誌などの分析によると、その理由は少子化によって鉄道の旅客収入が伸び悩み、新たな収益源を必要としているからだという。実に面白い。そしてくだらない。手っ取り早く鉄道業界のネタを短絡的に結びつけただけだ。知ったかぶりのおっさんが、飲み屋でもっともらしく語るウンチクには十分だろうけど、その程度にとどめておこう。
なにしろ少子化による減収は膨大だ。ラッシュ時間帯に何本も走らせていた列車が不要になるというレベルである。鉄道路線をなくすか続けるか、という議論にもなる。いくら客単価を上げたって、1日1本や2本の観光列車の収入増で補えるわけがない。焼け石に水だ。「観光列車が少子化対策」なんて話をうのみにすると、鉄道事業や観光事業の本質を見失う。
ちなみに「ななつ星in九州」の年間の売り上げは約5億円(関連記事)。まとまった数字に見えるけれど、車両の製造費やランニングコストが高すぎて、年間の利益見込みは1500万円程度。青春18きっぷのほうがよっぽどもうかる。1セット11500円の青春18きっぷはJR全体で20億円以上を売り上げる。きっぷという紙切れを売るだけで、高額な設備投資はいらない。ほとんど丸もうけだ。
飲食店も鉄道も、もうかる基本は「低単価高回転型」だ。どんなに付加価値を上げたところで、利用する人が少なければ市場は小さなままである。そして、忘れてはならないことをひとつ確認しておこう。多くのビジネスで少子化の影響はある。その時期が5年先か、10年先か、50年先かの違いでしかない。
そんな中で、どうして鉄道会社が観光列車に力を入れるのだろうか。理由はいたってシンプルである。「需要がなければ作り出せばいい」という、ビジネスの基本にようやく気がついた。それだけだ。乗客がいなければ、乗客を生み出せばいい。そうすれば売り上げを増やせる。そのための観光列車である。それは、JR九州が「ななつ星in九州」を開発するまでの歴史を追うと分かる。
関連記事
- 鉄道ファンは悩ましい存在……鉄道会社がそう感じるワケ
SL、ブルートレイン、鉄道オタク現象など、いくつかの成長期を経て鉄道趣味は安定期に入った。しかしコミックやアニメと違い、鉄道ファンは鉄道会社にとって悩ましい存在だ。その理由は……。 - 「青春18きっぷ」が存続している理由
鉄道ファンでなくても「青春18きっぷ」を利用したことがある人は多いはず。今年で30周年を迎えるこのきっぷ、なぜここまで存続したのだろうか。その理由に迫った。 - なぜ新幹線は飛行機に“勝てた”のか
鉄道の未来は厳しい。人口減で需要が減少するなか、格安航空会社が台頭してきた。かつて経験したことがない競争に対し、鉄道会社はどのような手を打つべきなのか。鉄道事情に詳しい、共同通信の大塚記者と時事日想で連載をしている杉山氏が語り合った。 - JR東日本は三陸から“名誉ある撤退”を
被災地では、いまだがれきが山積みのままだ。現在、がれきをトラックで運び出しているが、何台のトラックが必要になってくるのだろうか。効率を考えれば、鉄道の出番となるのだが……。 - あなたの街からバスが消える日
バスは鉄道と並んで、地域の重要な移動手段だ。特にバスは鉄道より低コストで柔軟に運用できるため、公共交通の最終防衛線ともいえる。しかし、そのバス事業も安泰ではないようだ。 - なぜ「必要悪」の踏切が存在するのか――ここにも本音と建前が
秩父鉄道の踏切で自転車に乗った小学生が電車と接触して亡くなった。4年前にもこの踏切で小学生が亡くなっている。なぜ事故は防げなかったのか。踏切に関する政策を転換し、「安全な踏切」を開発する必要がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.