夜行列車はなぜ誕生し、衰退したのか:杉山淳一の時事日想(2/5 ページ)
先週末、地方紙「河北新報」Web版が発信したニュースがネット上を駆け巡った。寝台特急「あけぼの」廃止だ。1970年代に全盛期を迎えた寝台列車は衰退の一途。しかし、夜行列車は新たな時代を迎えたといえる。キーワードは「付加価値に見合った対価」だ。
列車廃止報道の信ぴょう性
記者クラブの「勉強会」の前に主要列車のダイヤ改正情報がスクープされる理由は諸説ある。鉄道会社が利用者の反響を図るために意図的に漏らす、とか、優秀な記者が内部情報を聞き出す、とか。鉄道会社から労働組合に内示があり、組合報に掲載され、それがネットで公開された事例もある。コンプライアンス的な問題はさておき、実際にあった。
そして実は、誰でもダイヤ改正の9カ月前から予知できる。JRグループの規則で、団体割引乗車券の受付が9カ月前に始まるからだ。団体旅行予約は8人以上からで、旅行会社を通さなくても申し込める。定期列車の団体予約を申し込んだら、その列車はないと回答される。これが廃止のサインとなる。
JRで毎年恒例となった3月ダイヤ改正の9カ月前といえば6月だ。もっとも、9カ月後の列車の団体申込はめったにない。早くても6カ月前くらい。これが毎年9月から11月に特急や寝台特急の廃止についてスクープが多い理由のひとつだ。鉄道会社以外で、もっとも早く列車廃止情報を察知できるとすれば、団体予約を扱う旅行会社だ。すでに大手旅行会社のいくつかで「あけぼのお別れツアー」の企画が始まっていることだろう。
実質的には首都圏―秋田間の列車
「あけぼの」は上野と青森を結ぶ寝台特急だ。現行ダイヤでは下り列車が上野駅21:16発、青森駅9:52着。上り列車が青森駅18:23発、上野駅6:58着。東京と青森を結ぶ列車としては微妙なダイヤだ。下り「あけぼの」の青森着は、東北新幹線の上野駅6:32発の「はやぶさ1号」とほぼ同じ。上り「あけぼの」の青森発のあとに、その日のうちに東京に到達する東北新幹線は3本もある。
つまり「あけぼの」は実質的に、首都圏と秋田県域を結ぶ列車だ。下りの秋田着は6:38、上りの秋田発は21:23だ。前日の日中を有効に使い、翌日も朝から活動する。そんな人にとって好都合な列車である。東北新幹線が新青森駅に到達しても「あけぼの」が存続した理由は、青森方面よりも秋田方面の需要が大きかったからだ。
秋田―青森間は昼行特急を補完する役割を併せ持ち、両駅間で日中用の「立席特急券」が販売されている。立席とはいっても寝台は広いから、先客にお許しをいただければ座らせてもらえるし、秋田で夜通しの客が降りたあとの寝台に座っても咎(とが)められない。寝台をお座敷感覚で好む人もいるらしい。鉄道ファンの中には「立席特急券」を「ヒルネ券」と呼ぶ人もいる。
寝台列車の廃止は近年の傾向であり、いつかは「あけぼの」も廃止されるという見方が強かった。新幹線の開通と同時に在来線長距離列車は見直されるからだ。ただし「あけぼの」の場合、秋田新幹線の開業時は存続した。次の危機は2013年3月の「E6系スーパーこまち」のデビューで、所要時間が短縮された時だ。しかしこの時も「あけぼの」は存続した。もしかしたら、新型客車を投入して継続運転するつもりでは……という憶測も生まれたが、大方は「北海道新幹線新函館まで」という予想だった。そう考えると、2014年3月の廃止はちょっと早く、意外と思う人も多かったはずだ。
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