Googleの月面ロボット探査レース、“第8の大陸”を目指す企業たちの狙い:宇宙ビジネスの新潮流
月面無人探査を競う国際レース「Google Lunar X PRIZE」には、日本を含め全世界からさまざまな宇宙開発チームが参戦している。3000万ドルという賞金総額も魅力的だが、参加企業には別の狙いがあるという。
前回は、米DARPAのロボット開発コンテストを起点とした新しい惑星探査ビジネスを紹介した。今回はこの流れをさらに加速させる可能性のある「Google Lunar X PRIZE(GLXP)」という国際レースと、その参加企業について触れていきたい。
GLXPは、Googleがスポンサーとなり、米XPrize財団によって運営される月面ロボット探査を競う国際レースで、現在18チームが参戦している。連載第1回でお伝えしたように、筆者自身も日本から参戦している宇宙開発チーム「ハクト」でプロボノ活動をしている。そのミッション内容は2015年末までに月面に純民間開発のロボット探査機を着陸させ、着陸地点から500m以上走行し、指定された高解像度の動画や静止画を地球に送信することである。将来の惑星探査に求められる着陸系、走行系、画像処理系の基礎技術構築が狙いだ。賞金総額は3000万ドルに及ぶ。
XPrize財団はこのような賞金コンテストを多数主催しているが、着想の原点は1927年のチャールズ・リンドバークによる大西洋単独無着陸横断だ。実は、あれは賞金コンテストであり、彼の成功はその後の航空産業の発展に大きく貢献したと言われている。XPrize財団は自らを“innovation engine”とうたっているが、賞金コンテストというツールを用いて、未開拓分野における技術、顧客、投資のエコシステム(生態系)を形成することが狙いだ。
宇宙分野では既に実績がある。2004年に有人弾道宇宙飛行(昨今話題の宇宙旅行)を対象としたコンテスト「Ansari XPrize」を開催し、有人宇宙船「SpaceShipOne」が優勝した。SpaceShipOneの開発には、優勝賞金1000万ドルをはるかに上回る資金が投資されたと言われているが、その後、SpaceShipOneから技術提供を受けて、リチャード・ブランソン氏が米Virgin Galacticを設立、宇宙旅行事業の立ち上げと予約を進めているのだ。実現にむけてクリアすべき課題は多く残るものの、XPrizeの狙う“技術、顧客、投資のエコシステム”が形成されつつある好例だ。
GLXPはビジネスの通過点
今回のGLXPには、米国、ドイツ、スペイン、インド、マレーシア、イスラエルなど世界各国から多様な企業が参加しており、筆者も1年ほど前にチリで行われたチームミーティングにて各チームメンバーと会った。有力チームはロボット技術やソフトウェア技術に強みを持ち、投資家や大企業の支援を受けているケースが多いが、最も特徴的なのはGLXPを通過点ととらえ、その先に明確な事業ビジョンを持っていることだ。
有力企業の1つは前回記事でも紹介した米Astroboticだ。同社はカネーギーメロン大学発のベンチャーで、技術開発を主導するウィリアム・レッド・ウィタカー教授は、フィールドロボティクスという人間が立ち入れない地域におけるロボット技術の権威である。DARPAコンテストでも優勝した経歴を持つ。同社は米建設機械大手のCaterpillar、米アルミ大手のAlcoaの支援も受けており、2015年以降、地球から月面までの定期的な輸送インフラビジネスを目指している。輸送系・電気系・通信系を含めたトータルパッケージを1キログラム当たり120万ドルで提供する。既に顧客獲得を進めているという。
米Moon Expressも同様に着陸船とローバーの開発を行っているが、彼らは月を“第8の大陸”と呼び、長期的には白金族金属やヘリウム3などの資源開発を目指している。同社はカリフォルニア州マウンテンビューのNASA Ames Research Parkに本社を構え、伝統的な宇宙開発のノウハウと、シリコンバレーのイノベーション手法の融合を掲げている。
同社の共同創業者兼CEOのボブ・リチャードは、「自分たちはソフトウェア企業だ」と言っており、着陸船の制御ソフト開発などを強みとする。また、同社は開発中の着陸船「MX-1」を “The iPhone of space”と呼んでおり、主目的である月着陸以外にも、小型衛星放出やスペースデブリ(宇宙ゴミ)除去など多様な市場とアプリケーションに対応するフレキシブルプラットフォームと位置付けて開発を進めている。
日本から参戦するハクト(チームリーダー・袴田武史氏)は、東北大学の吉田和哉教授が開発をリードしている。吉田教授は極限ロボティクス分野・不整地走行技術の第一人者であり、はやぶさのサンプル回収機構の開発や、福島原発事故後に初めて投入されたレスキューロボット「Quince」の共同開発者だ。現在開発が進められているローバーにもレーザーレンジファインダーや全方位カメラが装着され、走行経路判断を行うなどロボット技術が多数実装されている。
XPrize財団によると、今回の月面ロボット探査レースが切り拓く市場規模は、10年後に最大2700億円、25年後には最大1兆円になると予測する。そしてその過半数が民間ビジネスと想定している。宇宙ビジネス投資に積極的なベンチャーキャピタル、米DFJ Ventureは「今の宇宙産業はインフラ環境の整ったインターネット産業の黎明期に似ている」と言っているが、まさに惑星探査は、科学の時代からビジネスの時代へと大きく舵が切られつつあると言えよう。
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